プレリュード⑦
織田のすわっている黒檀のがっちりとしたデスク(普通の事務机を3台並べたほどもある)と、中央大応接セットの間には折りたたみ椅子が30脚程3列に並べられている。これでインスタントに会議場となったりお叱りの場となったり、あるいは訓辞を受ける場所となったりする。先日も商品一部のバイヤーを全員召集して叱っていたのを見かけた。
いまはそれらの椅子のうち織田の目の前の数脚に、管理本部長と人事部長、採用課長、係長らが頭をたれて座っていた。もちろんこちらから見ると後ろ向きなので表情は見て取れない。織田の目の前の席に座っているのが本部長であろう、頭髪が少し薄くなっているのが見える。なにかぼそぼそと答えているようだが、こちらまでにははっきりとは聞こえてこない。
次に呼ばれる予定の情報処理部の幹部たちは神妙な顔つきで、(次はわが身)といった面持ちである。
人事部長が何か言って立ち上がり一礼した。横に並んでいる人たちもあわてて立ち上がり礼をしてこちらに向かってきた。
「情報処理部」
社長デスクの端に座り、社長に体を向けている秘書の井上が、命令口調で次の部署を呼んだ。
(まさにトラの威を借りるとは井上のことであろう。情報処理部、お願いします、とでも言えないのであろうか)と資料を見ながら腹が立った。
「はい!」情報処理部長が返事をして立ち上がり、そそくさと社長の方へ向かった。
(次は我々である)
早瀬は緊張しながらもう一度書類に目を落とした。
「マーケティング部 」
「はい 」
(今度は早かったな) と思いながら返事をして立ち上がり、本部長に先頭を譲って織田の前に向かった。命令口調に反発しながらも素直に「はい」と言える自分が少し情けない気がした。
「失礼します」
「おう」こういう声が出ている時は上機嫌だとわかっている。
「どうだ、これで売れるか 」
織田は秘書から渡された稟議書にざっと目を通しながら声をかけてきた。本部長に向かってではなく直接自分に声をかけられて早瀬は一瞬どちらの稟議書かと思い織田の手元の稟議書をさっと見た。春夏戦略であった。
「はい、ご説明させていただきます。前回、ご決裁いただきました戦略では現状から見た予測では予算達成が少し困難ではないかと考えています。来年のSSカタログの配布は12月1日からを予定していますが、12月中は1日から28日までの出荷商品に同梱し、本格的なDM送付は1月6日から1月末までとなっています。
また今期予算達成のためには1月から3月にかけての受注がポイントとなります。1月の受注は例年どおりは見込めると予測していますが、2月、3月は少し厳しい感じがしています。気象庁の長期予報によりますと来年は3月初めまで寒さが続きそうで、SSカタログによる本格的受注が悪くすると3月に入ってからということになる恐れがあります。そうなりますと2月の受注は現在の秋冬カタログからということになり、受注額が全体で落ちることを心配しております」一気に説明した。
「長期予報については私も確認しましたが、その通りのようです」佐久間本部長が傍らからどうでも良いような援護射撃をしてくれた 。
SSとはスプリングアンドサマーの略語であり、DMとはダイレクトメールのことである。