ファラオの寝台⑤

 こういったビル構造で一般会議室が無いので、各部署のミーティングや打ち合わせは、フロアの面談テーブルの周囲に集まってするというスタイルが普通となった。

  これは非常にオープンでいいという管理職もいたが、秘密が守れないことにつながっていた。ミーティングで話している内容が、近くに坐っている社員とくに女子社員の耳に入るのは当然であった。だから社内には確度の高い「マル秘情報」が充満している。社内事情に一番詳しいのは、これらの女子社員であることは早瀬にも入社後すぐに分かった。

 織田は人を信用しないくせに、情報についてはかなりオープンである。誰が近くにいても平気でどんなことでも話をしているので、一見、豪放磊落と見えるかも知れない。しかし実のところ傍若無人と言うほうが当たっているだろう。

 先日も当の本人が室内にいるのに「江田部長はああいう業界出身だから、社長室も注意せないかんと」と、大声で室長に話し掛けていたのを早瀬は目撃した。当の本人は小さくなってこそこそと部屋を出ていった。

 社長室秘書課の課員六名は同じ社長室にいるので、人事案件や事件・事故の類、投書の内容まで大声で聞かされている。

 早瀬が面白いと思ったのはこれら秘書課員に対して、織田もしくは室長や二〇代の若い秘書課長が「守秘義務」を指示した形跡が無いことである。閉鎖的、かつ家族的雰囲気の中でそういう必要性が無かったのか、それとも単に気づかないだけなのかは不明である。

  早瀬は過去の経験から、人事部門や秘書課は守秘を最大のモットーとするべきだと森に言おうかと思ったこともあるが、よく考えて見ると、いまのままのほうが色々な情報が手に入れられて好都合なので、それはやめた。

 そういった秘書課の女性と各部署の女性社員の情報を重ねあわせていくと、いま会社でどのようなことが起こっているのかが手に取るようにわかる。織田が月曜の朝礼で訓示した背景や、総務本部から通達が出た裏の事情がいち早くわかるのである。