姓はボックス、名はマロン・・・猫との奮戦記

1.箱入り娘?息子?

 夕方の散歩タイムを告げる吠え声がしてきた。愛犬ハリーの楽しみは散歩とエサ。犬にとってのこの大きな楽しみは、何人といえ削除するわけには行かない。

 九月とはいえまだ真夏の延長にあるような夕陽を浴びながら、香東川の土手を歩いた。歩いたといっても引っ張られて早足となっている。このコーギーはせっかちな犬で、前に前にと忙しく歩く。ただ、行き先と所要時間に関しては無頓着なようで、途中で家の方へと向きを変えるとまたそちらに向かって一生懸命となる。この習性は散歩を早めに切り上げたいときにはまことに好都合なのである。

 今日もこの暑さなのでもうそろそろショートカットして帰ろうかなと思っていると、道路上に引かれた路肩を示す白線のすぐ外側に、小さな段ボール箱があるのが目に付いた。 

近寄ってみると、ふたがされ中央にガムテープが貼られている。ゴミか、落し物か。こういうときには気づかなかった振りをして通り過ぎるか、和尚さんの鞠のようにポンと蹴って様子を見るか、という選択肢がある。 

大きな段ボール箱だとこれは空き箱かゴミだろうと思って気にならないが、ゆうパックの最小サイズぐらいなのは、かえって悩ましい。貧乏育ちはいやなもので、何かいいものが入っているのではと、つい期待してしまう。

そこで、近くへ寄って軽く蹴ってみた。中途半端な重さのようである。空き箱でもなく重いものでもない。ところが、恐ろしいことに箱が動いたのである。少しばかり。

「こりゃー、ヤバイかも」

ハリーが近寄って臭いを嗅いでいる。誰かのイタヅラで蛇でも入っていたらという不安もある。とはいえ好奇心が沸いてきた。もう一度軽く蹴ってみた。確かに何か入っているようだ。そのとき「ミャオー」。声がした。ネコのようだ。

しゃがんで恐る恐るテープをそうっと剥がすと、トラ模様の子猫が顔を上げて私を見つめていた。これはこのまま放っておけない。しかし一瞬わが妻の顔が浮かんだ。以前、ネコを飼おうかと冗談交じりに言ったら、即座に「ダメッ」といわれたことを思い出したのである。

しかし車が頻繁に通るこの土手の上に放っておくと、路肩を示す白線の外とはいえ、いずれクルマに轢かれてしまうかもしれない。轢かれなくてもこのままでは餓死する可能性大である。それにこの暑さ。放っておけない。

 子猫を箱から取り出した。小さい。両手のひらに乗るほど小さい。幸い散歩用のショルダーバッグにすっぽりと入った。ハリーは不審そうな目で成り行きを見ていたが、待ちかねたようにもう行こうとロープを強く引っ張った。家の方向にロープをぐいっと引っ張り「こっち」と指示すると、我が家の方向に向かってまた忙しく前進し始めた。

 帰宅すると妻は不在。庭の軒下に大き目の段ボール箱を置き、新聞紙を敷いて子猫を入れた。子猫は激しく鳴きだし、外に出ようとする。まだ生後一ヶ月くらいかと思う。お腹が空いているのだろうと、冷蔵庫から牛乳を出し小皿に入れて少し暖め、子猫の目の前に置いた。しかし飲まない。子猫を抱き上げて、綿棒に牛乳を少し浸して口元に持っていくと、チューチューと吸い出した。そのあと箱の中に戻し小皿に口をつけさせると、うすいピンク色の小さな舌を出して舐め始めた。ほっとした。やれやれである。

 次の難問。さて、これからどうするか。