2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

三.たてがみ ③

早瀬は有明百貨店には直接関係しなかったが、同僚や上司からこういったいきさつを聞いていた。もちろん夏期休暇で熊本に帰省したときには、関心を持ってこの店の売場を歩いたものである。 有明百貨店にはマンモスの本社から支配人以下管理職クラスが出向して…

三.たてがみ ②

消防署に勤めていた先輩からは次のような体験談を聞いたことがある。あまりに悲惨な内容に、いまでも早瀬はそのデパートの前を通るたびに思い出してしまう。 「当時、この下通りのアーケードは店の二階部分にあった。火災通報があり緊急出動して一階から進入…

三.たてがみ ①

「次長、先日はエライ目にあいましたね」 堀はビールの泡を口の周りにつけながら、さも深刻そうな顔をして早瀬の顔を覗き込んだ。 退社後、下通り商店街にある紀伊国屋書店へ立ち寄り、店の二階でダイレクトマーケティング関係の本を探していた。そこで偶然、…

二.ファラオの寝台⑪

東京の私立大学を卒業して、当時日の出の勢いであった大手スーパー「マンモス」に入社。マンモスでは不振店の建て直しのため心身をすり減らす毎日を過ごしていたが、マンモスを惜しまれつつ退職し熊本に帰った。 (惜しまれつつ・・・か)早瀬はいまでも自問…

ファラオの寝台⑩

応接室から戻ってデスクに座り、書類を見ている振りをして考え込んだ。投書制度もひどいが自分の部下がそれをするとは信じられなかった。他の部署の人間がしてくれていたらこんなに腹の立つことはなかったろう。 (投書文を見せてもらえなかったので書体は分…

ファラオの寝台⑨

「私が投書されたのですか?」信じられない気持ちであった。 「これで次長も社内で認知されたということになりますか」応接室の中国、明時代の大きな花瓶を見ながら木下は薄笑いの顔で言った。 「勘弁してくださいよ。別に悪いこともしてないのに。本当ですか」 「…

ファラオの寝台⑨

「最近、投書の数が減ってきたようだが、君たちが途中で都合の悪いのを抜き取っているのではないか」 というのが、織田の言葉であったらしい。目の前の秘書課の社員をさえ疑っていることを耳にして誰もが驚いた。そして開錠キーは織田が自ら持つようになったの…

ファラオの寝台⑧

急成長の通販会社 社員を監視するカメラ 記事は織田のインタビュー部分が極めて少なく、カメラのことが中心であった。お客を信用する通販会社が実は社員を信用していないという趣旨で、本社内各室の天井につけられたカメラの写真入りで掲載されていた。 週刊…

ファラオの寝台⑦

サフィールが小さいうちは全社員が一部屋にいた。それだけの社員数であった。だからいま誰が何をしているかはすぐに分かった。会社が次第に大きくなり、複数の部屋となり利用するフロアーが増えたときには、織田の目の届かない部署ができてきた。 そこで従業…

ファラオの寝台⑥

「仕事の話という訳じゃ~無いんですがね」メタボな体を後ろにそらせて木下が言った。 「はあ」 「うちの会社には投書箱というのがあるのは知っているでしょう?」 「悪名高きですか」 「次長がそんなこと言ったらいかんですね。建設的な意見の場合もあるんですから…

ファラオの寝台⑤

こういったビル構造で一般会議室が無いので、各部署のミーティングや打ち合わせは、フロアの面談テーブルの周囲に集まってするというスタイルが普通となった。 これは非常にオープンでいいという管理職もいたが、秘密が守れないことにつながっていた。ミーテ…

ファラオの寝台④

本社内の各階フロア内においては間仕切り類は一切無く、大部屋となっている。窓際に役員が座り、その前に部長クラス、そして課ごとの机があり、入り口の近くには面談用テーブルが置かれている。役員と部長には秘書の女性が一人ずつ机を接して座っている。こ…

ファラオの寝台③

五年前に建てた六階建ての本社は、ビル設計の段階で会議室や応接室の設置がほとんどカットされた。会議や社交辞令の来客応対というものは時間つぶしだと断言し、また中で何をしているのかわからない個室や応接室は不要だと考えている織田の指示があったよう…

ファラオの寝台②

「何でしょうか」 木下のあとを追って会社に一つしかない応接室に入った早瀬は、ソファーに座りながら木下の顔を窺った。 マーケティング部長の木下はあまり聞いたことの無いような仏教系の私立大学を卒業。地方の中堅スーパーに入社してその関連会社で勤務。…

ファラオの寝台①

「次長、ちょっと来てください」 いつも薄ら笑いをした顔にみえるメタボリックの木下部長が声をかけてきた。 この薄ら笑い顔は人によっては不真面目と受け取られるだろうなと、入社当時思ったものである。それに痩せ型の織田社長は太っている社員を嫌うという…

プレリュード⑨

「次長~ 」 書類に目を通していると甘ったるい声がした。見上げるとマーケティング部の才媛といわれいる生駒真弓である。 「はい、何でしょうか」気分のよかった早瀬は少しふざけた口調で返答した。 昨年サフィールに入社した時、部内で歓迎会を設けてくれ…

プレリュード⑧

カタログの送付は通販会社では最大のイベントである 。そしてカタログの出来の良し悪しで受注額は極端に変わる。 通販会社経営者の悪夢の最大のものは、シーズン前にカタログをユーザーに送付したあと、シーズンインしても受注がさっぱり来なくて、電話受注…

プレリュード⑦

織田のすわっている黒檀のがっちりとしたデスク(普通の事務机を3台並べたほどもある)と、中央大応接セットの間には折りたたみ椅子が30脚程3列に並べられている。これでインスタントに会議場となったりお叱りの場となったり、あるいは訓辞を受ける場所…

プレリュード⑥

500㎡もあるこの広い社長室は本社内各フロア同様、間仕切りや衝立ては無い。 その社長室に入ると、すぐ左側に秘書課があり課長以下6名が役所スタイルの配置で机を向き合わせて座っている。その左側の少し離れた窓際に社長室長のデスクがある。 中央部分…

プレリュード⑤

この本社ビルは熊本城に近いくまもと阪神デパートから道を隔てた場所にあった 。6階建てでエレベータは2機あるが、そのうち1機は荷物用である。人用の1機のエレベータを待つよりも階段を上った方が早いので、男子社員の殆どはよほどのことが無い限り階段…

プレリュード④

決裁の場には起案した部署の所管本部長(役員)・担当部長・次長、場合によっては課長以下も呼び出される。つまり案件ごとに織田と起案部署の幹部が向き合う形となる。 通常の会社ではよほどの案件でない限り、稟議書というペーパーが関係部署や役員のハンを…

プレリュード③

織田は完ぺき主義者であり、そして潔癖主義的なところがある。その織田の辞書には「拙速」という言葉はない。スピード重視の織田だが、手抜きでもいいから早くやれということには決してならない。「速く、そしてパーフェクトに 」というのが常日頃からの指示…

プレリュード②

売り上げ規模が年商1000億円を超える通販会社を率いる社長の織田淳一は、痩せ型のすらりとした身体つきで175センチの長身、その雰囲気は精悍ささえ漂わせている。脂の乗った57歳である。創業社長として会社の持ち株の大半を持つだけでなく、妻や子…

メーキング通販  1.プレリュード①

一.プレリュード 「社長決裁です」 いきなりかかってきた電話の声は事務的であった。 社長秘書の井上は自分の名前も言わず、こちらの返事も聞かずに電話を切った 。 「勝手に電話切って失礼な奴やなー、決裁言うても何の決裁かわからんじゃないか」 マーケ…

メーキング通販・・・いよいよ掲載開始します。

スーパーから通販会社に転職した主人公が、当時の日本における新しい業態である、カタログ通販の業務にチャレンジしていく姿を書いています。 通販勃興気の活気ある状況、通販の仕組み、急成長中の会社の姿をいきいきと書いています。どうぞこういう会社があ…