プレリュード⑧

 カタログの送付は通販会社では最大のイベントである 。そしてカタログの出来の良し悪しで受注額は極端に変わる。

 通販会社経営者の悪夢の最大のものは、シーズン前にカタログをユーザーに送付したあと、シーズンインしても受注がさっぱり来なくて、電話受注オペレーターや出荷ラインの社員が手持ちぶさたで遊んでいる光景である。しかもそれはいつ現実化するかもしれず単なる夢ではないところがいっそう恐い。

 店舗販売であれば、売上げが落ち込めばすぐにチラシを作成し配布すれば、そこそこの売上げの獲得は見込めるし、急ぐ時は手書きの即席チラシやハンドビラを作成し店内の簡易印刷機で印刷し、従業員やアルバイトを動員して駅前配布や商圏内ポスティング、もっと急ぐときには店内放送やタイムバーゲンをしたりすることも可能である。売上げが減少した時の対応は素早くできる。現に早瀬自身、スーパーでは度々それをやってきた。

 ところが通信販売ではシーズンカタログを発行して2~3ケ月後に受注が本格化することが多く、その時になって受注が来ないと大変な事態となる。あわててDMを出そうとしても商品選定や価格決定などの準備や製作に一ヶ月はかかり、DMが客宅に届く頃には季節が変わってしまうということにもなりかねない。

 DM費用は経費の中でも非常に大きなものとなるので、何とかして安く済む方法を探さねばならない。そこでサフィールではシーズン初めのカタログその月に送付する商品に同梱して送ることによりDM費用を節約する方法を採っている。これが金額的には馬鹿にならないのだ。例えばその月に50万人のお客さんに商品を送るとき、その商品の箱の中にカタログを一緒に入れれば、DM費用が一件300円としても50万件になると1億5千万円という億単位の金額が節約できることになる。

 カタログを商品の箱に入れて送ってもそれだけの重量超過で商品の配送料が極端に増えるではない。ただ、最近は箱のサイズでの料金制を取る業者が増えており、何冊ものカタログを同梱すると箱が大きくなり料金アップにつながることもあるが、カタログだけを送るよりはかなりの節減ができるのである。

「2月の受注予算のうち、SSカタログでの受注予定比率はいくらだ」織田が厳しい目付きになって諮問した。

「はい、例年ですと8割に達しますが・・・」

「そうか、その比率が今の予測では来年はかなり落ちる可能性があるんだな」

「当部の予想では最悪の場合4割、少なくとも6割程度に落ち込むと考えています。そこで春夏カタログの送付時に秋冬商品の在庫処分チラシを同梱して1・2月の冬物受注を増加させて受注額を増やし、併せて在庫を減らしたいと考えています」

「いいだろう。その線で具体化し、予算を必ず達成するように」

 織田が黒のボールペンを手に取るのを見て、(やった)と早瀬は思った。否決のときには赤ボールペンを使うのである。稟議書の承認の欄に黒ボールペンで丸を付け、サインし横に控えている秘書に渡した。

「ありがとうございました」

 予想よりもあっさりと承認してもらい、ほっとして立ち上がり一礼して本部長に続いてその場を離れた。佐久間本部長は秘書課に用件があるらしく出口前で別れた。

「次長、よかったですね」

「いやー、部長がいない時の決裁、了承していただいて助かったよ 」

 階段を竹中課長と話しながら降りた。

「しかし、これからがまた大変だよ」

 席に戻ると企画課係長の堀が近寄ってきて、

「どうでしたか」と聞いてきた。彼がこの戦略の起案者である。

「うん、OKだ。これからが忙しくなるぞ」

「ありがとうございました。修正無しですか。それではすぐにとりかかります」