ファラオの寝台③

 五年前に建てた六階建ての本社は、ビル設計の段階で会議室や応接室の設置がほとんどカットされた。会議や社交辞令の来客応対というものは時間つぶしだと断言し、また中で何をしているのかわからない個室や応接室は不要だと考えている織田の指示があったようだ。 そのため本社内には応接室は総務部に一部屋しかなく、会議室も役員用のが一室あるだけで、他にはゼロである。

 実は応接室ではないが、六階と地下に隠された部屋がある。まったく機能的な、無駄の無いという感じの建物の中でこれらの部屋だけは例外のようだ。しかもほとんどの社員がうわさでは知っていてもその存在を口に出さない場所である。

 六階の階段を上ったところに小さなエレベータホールがあり、右側に社長室への出入り口がある。ホールの左側は見たところエジプトのファラオ ラムセス二世とヒエログリフが描かれた壁面であるが、そこは良く見ると開き戸式のドアとなっていることがわかる。この開き戸の中に入れるのは社長と秘書課員だけといわれている。

 早瀬がこの部屋の存在を知ったのはごく最近であり、一度だけ偶然にも中に入る機会があった。中は二部屋に分かれており、入って右側はリビングルームのような部屋でキッチンとワインクーラー、そしてソファーが置かれていた(もちろん香水の漂うというトイレもあるらしい)。左側の部屋にはダブルベッドが中央にあり、ベッドの四隅には支柱が立ち薄いカーテンがかかっていた。まさにファラオの寝台である。

 秘書課の女性の話によると社長が激務で疲れたときにごく稀に利用するという。社員は邪心を持ってはいけないらしい。しかしこの部屋の存在を知っている若い社員の誰もが、心の底で疑いを持っているようだ。

 もうひとつの隠された部屋は地下にある。公表された建物の図面では地下は「機械室」とだけ表示されているが、実際に地下に降りるとその機械室の横に何の変哲も無いスチール製のドアがある。ドアには「立ち入り禁止」と書かれて常に施錠されている。

 社内情報プロの堀係長の極秘情報によると、そのドアを開けると小空間があり反対側に木製の分厚いドアがある。その木製のドアも常時施錠されている。その分厚いドアを開けると温湿度調整・エアコン空調完備のワイン貯蔵庫となっており、木製のワイン棚が両壁面にずらりと並んでいるらしい。その棚にはフランス製を中心とする年代物の貴腐ワインなどが圧倒的に横たわっているということだ。この部屋にはまだ早瀬は入ったことはないが、六階のファラオの間以上に入室者はかなり制限されているようである。