ファラオの寝台④

 本社内の各階フロア内においては間仕切り類は一切無く、大部屋となっている。窓際に役員が座り、その前に部長クラス、そして課ごとの机があり、入り口の近くには面談用テーブルが置かれている。役員と部長には秘書の女性が一人ずつ机を接して座っている。このレイアウトは各フロアともほぼ同じで、ただ商品部のフロアのみ商談用のテーブルの数が多い。大部屋方式はどこに誰が座っているかが一目で分かり見通しがいいというメリットがある。早瀬の前職のスーパーの本社も大阪市内への移転前までは大部屋方式であった。ただし大きな金庫のある社長室だけは個室であった。

 この大部屋方式ではあまりに見通しがよすぎるので、サフィールに招聘されて入社したある役員が間仕切りを申請したら、即座に社長の雷が落ちたらしい。

  取引先の大手企業の社長が表敬訪問してきたときには、一つしかない応接室を確保して会うか、社長不在時に限り社長室の大応接セットで会うことになる。ただし社長不在時というのはほとんどないようで、結局どちらも利用できないときには、各フロアの入り口近くにある面談テーブルで、大勢の社員が出入りする横で話をすることになる。取引先の社長は「さすがに活気がありますねー」と戸惑いながらお世辞を言うことになっている。

 ただ、せっかく熊本まで出向いてきても、社員が周りをうろうろしている状態では重要な話も出来ない。そこで「今夜、一席・・・」と話を向けると「イヤー、お話はありがたいのですが、今夜は先約がありまして」と断られるのが定石だ。ほとんどの場合、別に先約はないのだが社長の織田がそういった取引先との宴席に社員が出ることを嫌うのである。

 また、ゴルフ好きの取引先のトップは阿蘇のゴルフコースを期待して誘いをかけるが、これも織田が嫌うのでだれも招待を受けない。

 織田は接待というものは全く無駄であり、会社と会社の付き合いはビジネス一本で行くべきだと常々話をしている。織田自身もそういった話はすべて断ってきている。ある時、総務本部長が「地元の財界に入り、少しは社外活動することも必要では」と提案したところ「そういったものに入っても何もメリットはない。逆に売れもしない商品の取扱いを求められたり、商品を安く提供してくれだの、寄付してくれだのという話ばかりになる」

と言下にはねのけた、と聞いて早瀬は感心したことがある。

 それでは地元への貢献は何もしないかというと、織田の家族が個人的にお世話になった病院には会社の費用で何千万円もする医療器具を寄付したり、地元の消防署には消防車を寄付したりしている。そういうときには地元紙にしっかり連絡して贈呈式の写真を掲載させているが、意外にシャイなところがあるのか贈呈式には織田自ら出席することはほとんどなく、総務関係の役員に代理させるのが常だ。