ファラオの寝台⑨

 

「最近、投書の数が減ってきたようだが、君たちが途中で都合の悪いのを抜き取っているのではないか」

というのが、織田の言葉であったらしい。目の前の秘書課の社員をさえ疑っていることを耳にして誰もが驚いた。そして開錠キーは織田が自ら持つようになったのである。

 その開錠の儀式を早瀬は聞いたことがある。

 毎朝九時に秘書課と受付の女性六名が1階の総合受付横にすでに集められている六個の投書箱をそれぞれが1つ、乳飲み子を抱きかかえる様に前に抱えてエレベータに乗る。そして社長室に入るときは縦1列になって静々と一番奥にある織田のデスクに向かうのである。

 高価な机の上には、傷を付けないようにと白布が敷かれその上に横一列に投書箱をそっと置き、彼女たちは後方に下がる。織田の右側には銀行出身の片山常務が控え、左側には男性秘書の井上が両手を前にして立っている。見ればわかるのに片山が

「社長、全部そろいました」と重々しく言うと、織田がデスクの机の引き出しの鍵を開け、投書箱の鍵束を取り出す。

 鍵には一つずつにレッド・ブルー・イエロー・オレンジ・グリーン・ブラックの六つの色のついたタグがついており、どの投書箱の鍵かはすぐわかるようになっている。織田は自ら鍵を開ける。そして中に手を入れていろいろな形の紙切れを取り出し、一つずつ読んでいく。もちろん声を出さない。読み終わると常務に渡し、次の投書を取り出す。

 だいたい平均して毎日十通ぐらいの投書があるらしい。少ないときには六箱で一通か二通のときもあるらしいが、箱の中に何も入っていないときには、織田はさも疑わしそうな顔を秘書課の女性にチラッと向け、次の鍵を開けるのである。投書が多いときには「こりゃ、読むのが大変だなー」と満足そうな声を出すという。

  ある時こんなこともあったと聞く。

「この仕事いやですね」

 社内一の美女とうわさの高い秘書課の植條さんが人事部の親しい社員に漏らした。そう言いながら運んでいるまさにその箱の中に自分を誹謗する投書が入っていたとは、まさか本人も思わなかった!

  彼女は数日後、本社から車で三〇分ほど離れた物流本部の受付係として、理由もわからずに配置転換されたという。  

  投書箱の「密告」的な役割を重視する織田は、記名を強制しなかった。しかも投書のおかげで上司や担当者が織田から叱られたり配転になったりするのは、投書者にとっては快心の出来事であった。おかげで効果はますます絶大となり、社内で投書されていない管理職者は誰もいないのではないかといわれるほどになった。

もちろん織田本人宛てへの不満や非難も有ったはずだというが、それは本人以外誰にもわからない。