ファラオの寝台⑩

 応接室から戻ってデスクに座り、書類を見ている振りをして考え込んだ。投書制度もひどいが自分の部下がそれをするとは信じられなかった。他の部署の人間がしてくれていたらこんなに腹の立つことはなかったろう。

(投書文を見せてもらえなかったので書体は分からないが、内容からいって女性かと思う。生駒のことを妬んでいる女か、生駒を陥れようとした女か。いや生駒と関係のある男かもしれない。または生駒に振られた男かも分からないぞ。才色兼備という言葉があるが、生駒はまさにその看板だからな。同性にしろ異性にしろ気になる存在であることは間違いないだろう。

 女性なら部内には新入社員を含めて四人しかいないが、新人と生駒本人を除くと残るはあの二人か。二人ともそんなことをするような女とも思えないがな。しかし今後はこの二人を注意してみておこう)

 そんなことをさまざまに考えながら、早瀬は革製のハイバックの椅子にもたれて部内をゆっくりと見回した。

(男性なら一五名いる。どいつもさっぱりした性格で気心知れたやつばかりで、この中に投書するような陰険な性格のものはいないと確信できるが・・・、部内の男でないことを祈るのみだな)

 それぞれが忙しそうにしている。生駒はパソコンの前にすわり、背筋を伸ばしてキーをたたいている。他の女子社員の頭部も見えた。

  男性社員は大きな声で電話をしていたり、取引先と面談テーブルで話をしたりしている。みんな頼もしい部員たちである。彼らが投書などという陰険なことをするとはとても思えなかった。

(しかし油断は禁物だ。何しろ耳の上にトンボの目だからな)

 

 午後一番の決裁のあと、社長の前を立ち去るときに思い切って声を出した。

「社長、あの、私についての投書があったと部長からお聞きしたのですが」自分でも声がうわずっているのを感じた。

「次長、何を言うんですか」先に出口に向かっていた木下があわてたようにやってきて声を荒げた。「もう済んだことです」

 早瀬は木下の方を見ず、社長の目を凝視しながら言葉を継いだ。

「社長、恐れ入りますが、その投書を見せていただけませんでしょうか」

「見てどうするつもりか。君について書かれていたことは事実無根だと木下君から聞いている。だからもういいぞ。そんなことより、先ほどの決裁の件、しっかり進めなさい」そういって織田は次の稟議書を受け取り目を落とした。

 早瀬は木下に腕を引っ張られるようにしてその場を辞去した。

 社長室から階段で下りる途中、木下からひとしきりいやみを言われ自席に戻った。

気持ちが落ち込んだためか、なぜかマンモス時代のことが思い出され懐かしいような気がした。一種のホームシックのようなものかもしれない。