ファラオの寝台⑦

 サフィールが小さいうちは全社員が一部屋にいた。それだけの社員数であった。だからいま誰が何をしているかはすぐに分かった。会社が次第に大きくなり、複数の部屋となり利用するフロアーが増えたときには、織田の目の届かない部署ができてきた。

  そこで従業員をいかに監視するかが、当時の織田の大きな悩みとなっていたのである。

  ある時、織田が市場調査でスーパーに立ち寄った時に、天井にぶら下がっている潜望鏡の先のようなものに目がとまった。

「そうだ万引き防止のあれを社内の各部署に取り付ければ、いつでも従業員の仕事ぶりをチェックできる!」

  早速レイアウト図を取り出して設置場所を選んでいった。出入りの電気工事屋を呼び見積書を出させ、大幅に値切って設置させたという。モニターのテレビは社長室の隣の小部屋にカメラの台数だけおいた。ただし、経費節減から録画機能はカットしていたようだ。単に見るだけである。

  以前は一日に何回も社内を歩いて社員の仕事ぶりを点検していたものだが、この監視カメラを設置してからは歩き回ることが必要でなくなった。モニタールームに一人入って画面を見るのは楽しみになったようだ。

  従業員のほうも当然カメラが設置されたのを知っており、トイレに行くにも小走りで行くようになった。「まさかトイレの中にはカメラはないでしょうね」というのが女子社員の話題であった。ひと頃は化粧室の鏡がマジックミラーになっていて、そこにカメラがあるのでは、と噂になったこともある。総務部の女子社員に真顔で尋ねる者も何人かいたらしい。総務部では当然打ち消したが、それでも疑いを持ち続けている者もいたようだ。

 しかし織田にしてみれば効果絶大で、トイレでのおしゃべりが減り、トイレに行って戻るまでの時間がかなり短くなったとほくそえんでいたともいう。 

その後近くの土地を買収して本社を新築したが、もちろんカメラは最初から取り付けられた。しかも可動式である。カメラがぐるーっと回って室内の隅々まで鮮明に映し出していた。

  業績が伸びるに連れマスコミの注意も引くようになってきたが、ある時織田宛てに週刊「日本海」から電話が入った。「最近急成長の御社を取材したい」というものであった。織田はやっと俺の会社も認められるようになったものだ、と喜んで応じた。

週刊誌の記者は織田にインタビューし、執務スタイルの写真を撮った。織田の案内で社内を見学していった際に、記者は天井のカメラに気づき、織田にそのことを質問し写真を撮っていった。織田は従業員の働きぶりを見るのは社長として当然だ、と確信していたので隠すことは考えなかった。

  取材の三週間後に発売された週刊「日本海」には次のような見出しで記事が出た。

急成長の通販会社

            社員を監視するカメラ