三.たてがみ ⑦
「そして劇場内の気持ちが一体化していったんだ。そして全員が感動していったんだ。もちろん劇は大成功さ」
「さかしか、子供の配置がポイントだったばってん」
「そのとおり、よくわかったね。僕はここにマーケティングの真髄があると思っているんだけどな」
「よかたとえたい。さかしか」
堀は新しいジョッキを受け取るときに店主を呼んで、ぼそぼそと話し掛けたあと、
「次長、今日はたてがみがあるそうたい。馬刺と食わにゃん」
「たてがみってなんと?」早瀬も釣られて熊本弁が出た。
「次長、熊本人のくせに知らんとね」
「イヤー知らんとよ」
「馬のたてがみばってん」
「馬のたてがみを食うと?」
「ほんとに知らんと! たてがみの下の霜降りの肉ですたい」
「霜降り?」
「霜降りとはいかんとですが、白い脂肪部分ばってん、馬刺でくるんで食べると、もう他の物は食えんたい」
店主が皿を二枚持ってきた。一枚には馬刺、あとの皿には白い固まりをのせている。にやりと笑って言った。
「こんれはなかなか手に入らなかとですが」
堀はさっそく食べ方を見せながら口に入れた。
早瀬も真似をして口に入れるとバターを馬肉でくるんだような味がした。
「一寸変わった味がするな。しかしあまり好んで食べる気はしないな」
「なんばいっとるとですか。贅沢ごたる。滅多に食えんとですよ」そういって堀はつぎつぎと平らげていった。
「それはそうと、二~三日前に宣伝部に行ったとき、今年入った商品部の女の子、確か高卒だったと思うんだけど、廊下で宣伝部の山下に『行こう、行こう』とねだっていたが、何か怪しい雰囲気だったんで気になっているんだが」
「そうですか。実は酷い話があるたい。その商品部のおなごは飯島というたい。高卒で今年入った子で・・・。ばってん今年は何十人も入ったのに、次長も良く覚えとらす。隅に置けんたい」
「入社式でずらーと並べば顔ぐらい覚えているよ」
「そうたい。信用しませんばってん。で、山下は五~六年前に大卒で入社した悪しゃなもんで、くせんわるか独身たい、社内のおなご何人かとできていると言うこつで。その山下がこともあろうに、高校を出たばかりの飯島を連れて飲みに行ったたい。あきるる」
「一人でかい?」
「宣伝部や商品部の仲間と一緒だったらしかばってん、途中で二人でどこかに消えたらしいと。宣伝部の同僚があとで聞くと、飯島は少し酔っていたらしかと、それで山下がホテルに連れ込んだという話たい」