三.たてがみ ④

 その同じ焼鳥屋である。

 マーケティング部には男性社員は多いが、二〇代の社員が多く三〇代は数人しかいない。その中でも社歴の古い堀とは妙にウマが合い、上下の関係を抜きにして話ができる。早瀬の入社歓迎会が開かれたとき、「公式」の会がはねたあと堀がカラオケの歌えるスナックに早瀬を連れていったことがある。

 他に数人、若手の社員も同行したが、その席で少し酔ったように見える堀は、つぎつぎと懐メロをリクエストして自分も歌い、早瀬にも強要した。人の歌を聞くのはいいが、自分が歌うのは好きでない早瀬も、自分の歓迎会なのでやむなく二~三曲歌った。

「係長は懐メロばかりリクエストするけど、好きなの?」と聞いたところ、

「いえ、そうでもなかですが、次長がお好きかと思ったばってん」

「エー、僕のためか。うれしいけどそんな年ではないよ。最近の歌も知っとると」といった覚えがある。サービス精神旺盛だけかと思っていたら、堀の方も早瀬がお気に入りという感じであった。

  早瀬にとってありがたいのは、堀は単に社歴が古いだけでなく、仕事もこなし、その上社内の情報収集にかけてはすばらしいものを持っていることである。仕事を通じて親しくなった社員はできたが、仕事以外のことを気楽に話せる友人といったものをまだ社内で持っていない早瀬にとって、堀は大変ありがたい存在だ。仕事上においても、他部署の誰がこの件に詳しいとかキーマンは誰かということも教えてくれるので、社内調整をするときなどに大いに助かっていた。

 

「あの投書にはまいったよ。仕事の話をしていただけで投書されるとは前代未聞だね」

  生ビールをグイッと飲みながら堀は上目遣いで、

「本当に仕事の話だけですか」と聞いてきた。

「君まで何を言うんだよ。僕なんか結婚してからこのかた、女性の手を握ったこと・・・はあるけど、浮気したこともないからね。ここ一〇数年で女性にチューされたのは、娘が幼稚園のときに頬っぺたをチューされたのぐらいかな」

「そういう人が一番危ないばってん」堀は急に熊本弁交じりになって笑った。彼の場合は酔うと次第に熊本弁が出てくる。

「それにしても、よく社長に投書の現物を見せろと言いなはったもんたい。下手したら物流勤務でっしょ」

「まあな。しかし投書制度ってのはやめないかんな」

「しかし次長の場合は何も無かったから、よかたい。根も葉もないことを投書されて、本人に確かめもせず、ある日突然配置転換もあるばってん」

「そういうことも有るようだね」

「そぎゃんですたい。朝礼の放送を聞いていたら自分の名前が突然読みあげられ異動を知った人も多か。そつで即日引継ぎというのもあったばってん。上ん人がやっと前日の夕方知ったごたる。とこるがとこる、本人への連絡をすんなということもあってどぎゃんもこぎゃんもなか。上ん人や本人だけでなくだんれも突然びっくりの異動の理由がわからないままということも多か」今日はまだ生ビールだけなのに堀はかなり酔ってきたようだ。