三.たてがみ ⑧

「おい、それはひどいじゃないか。青少年条例に引っかかるぞ」

「そんな条例が熊本にありましたと。で、その後二度三度とホテルに連れこんだといいよると。こんだぁ飯島の方が性に目覚めたというか・・・」

「開発されたか」

「いまじゃ飯島の方から『行こう、行こう』ですたい」

「酷い話だな」

「おもしろいことに、このことを知った他の悪がきが飯島を誘っても飯島はついてこないらしか」

「おれでもだめかな」

「次長なら来るんじゃなかと。言っときまひょか」

「冗談だよ、冗談」

「未練たっぷりな様に見えますたい」

「ばか言わんと。しかしなんか哀れだな」

「男も悪いが、おなごってばかんごたる」

「女が馬鹿ってわけじゃないだろう。この場合はその山下という男がひどすぎるな」

「いま、思い出したばってん、ズ―っと前にも馬鹿な女がいたと。すし屋に部下を連れて行ったときたい、実はおなごたい、何を注文するか聞いたばってん、そのおなごがなんと答えたとおもんなはる」

「わさび抜きとか?」

「とんでもごわせん。板前さんに『お握り頂戴』だと。それも思いきり上品に。そしたら板前さんがムッとして『ウチではお握りは作ってません』だと。おなごは馬鹿たい」

「初めてすし屋に行ったんだろう。無理ないよ」

「すまして『おにぎりを』なんて、馬鹿たい」

「堀君にもそういう色っぽい話があると」

「実は、それがいまの女房たい」

「なんと、そう。へー」

「何をにやにやして感心しとるとですか」

「いや、ま、しかし山下の話だが、よく投書されないもんだな」

「実はもう何度も投書されたと言われとるたい」

「堀君はよくそれだけいろいろと知っているな。君こそ社内各部署に寿司で手なづけた女の子を配置しているんじゃないのかな」

「馬鹿なこと言わんと。ばってん、山下は社長の遠縁で、本当ならとっくに物流本部で荷物担ぎたい」

「なるほどね、それで無事か。しかし図に乗ってそんなことばかりしていると何れ酷い目に遭うだろうな」

 たてがみを殆ど一人で食べ終わった堀が急に声を小さくした。

「どうですたい、ついでにもう一軒だけ行かんとですか。ボトルをおいてる店があるとですが」

「今日は気晴らしをしょうと思っていたけど、君のおかげでますます気が滅入ってしまったな」

「そりゃーひどかと」

「ま、いろいろといやな話を聞いたからな、もう少し飲んで帰るか」

「ハイ、決まり!」

 堀が「払う」と言うのを制して、早瀬が勘定を払って出た。

 下通りの商店街から少し横に入るとほとんどすべての通りが夜の町である。もともとは事務所や住宅地であったが、いつの頃からか飲食店が増え、通りを横切る道路沿いに夜の店が増え、歓楽街となった。

 堀の後について、四階建てのスナックビルに入った。エレベータで三階に上がり、降りたすぐ横の店である。早瀬は少しでも酔って初めての店へ行くと、二度目にはなかなかその店にたどり着けないという特技があって、今日もできるだけ曲がり角の特徴を覚えビルの名称や特徴を覚えようとしていたが、結局面倒になってしまった。

 カラオケの声が店内に響き渡っていた。

「いらっしゃいませ」の声を聞きながら、店に入ると右側にボックス席が三セットほどあり、奥と中央のボックスは客で埋まっていた。その奥のボックスの横にカラオケステージがある。そこでは若い男とミニの女がスポットライトを浴びてデュエットで歌っている。店の左側はカウンター席で、男性二人がタバコをふかしていた。声をかけてきたのは多分ママさんで、カウンターでその男性客の相手をしていた。