十一.クレームの秋 ①

 QCサークルの進捗状況は初めてにしては順調で、各グループとも課題解決に向けてデータ―を集め討議し、さらに補足的なデータを集めていた。中には全く行き詰まっているグループもあったので、早瀬が入りこんでリーダーを助けることもしている。

 本部長に進捗状況を報告すると、大手繊維メーカー出身の本部長はQCにもかなり理解があり身を乗り出すように話を聞いてくれ、ぜひとも成果の発表会をするようにとの指示が出た。さらに部内発表会の後、物流本部の幹部対象にいいのを三グループほど見せてくれという指示も出されたのである。

 内々というわけではないが部内で内輪に進めているつもりが、本部長から積極的な指示を受け、これでまた早瀬は忙しくなった。始めてQCサークルをするとはいえ、本部長や幹部に見せるとなるといいかげんなものでは物笑いになり、それが今後の部内活動のネックにつながりかねない。といって、部下のしりをたたいて成果を上げるように、ということを強く言うのは控えていた。基本はあくまでも自主的なものだと思うからである。

 

 QCのグループごとの進捗状況の差が出てきているのをどうするかと悩んでいたとき、

「部長、大変です。ミキサーで指を切ったというクレームが来ました」

次長が青ざめた顔をして小走りにやってきた。

「何だって」

「雑貨カタログ掲載の新商品、簡易ミキサーですが、箱に入っているので箱のふたを開けて取り出すときに指を切ったということです」

「傷の程度は」

「担当者から私が引き継ぎましてよく聞きますと、電話に出られたのはご主人でして傷をしたのは奥さんとのことです。ご主人の説明では奥さんが中指の先を少し切った程度でたいしたことはないが、ご本人つまり奥さんは血を見てびっくりして大騒ぎになったということです」

「それでは傷の程度がはっきりしないな。血が相当出ていたから大騒ぎになったんだろうが」

「私のほうですぐにご主人に病院へ行ってくださるようにお願いしました。もちろんその費用はこちらで負担する旨を伝えましたが、ご主人は快く了承されました」

「その対応をしっかりしないと、いまはご主人も鷹揚にされているが、その後ちょっとしたことでこじれると大きなクレームになるぞ。ご住所やお名前など必要なことをお聞きしているんだな」

「はい、すべて確認しております。お客様の購買履歴も揃えていますが、その商品は1週間前にご注文のあったものです」

「それで現物はどんな商品だい?」

『出荷棟へ部下を行かせていまして現品を持ってくるように指示しています。もうじき帰ってくると思います」

「そうか。まず現品確認だな。場合によったらその商品は出荷停止としなければ。それとすでに買われたお客様の人数とそのリストアップをしてくれんか」

「はい」と答えた次長は、すぐに対応課の細川課長を呼んで指示した。

 そこへ現品を手にした社員が帰ってきた。周囲の課長連中が集まってきた。

「どれどれ」早瀬はミキサーを机の上に置いた。電動式ではなく手で動かす簡易なものであった。箱の上部を開けて中を覗くとミキサーの内部が空洞になっている。よく見るとその奥にミキサーの刃が見えた。

「おいおい、これは何だ。刃がそのまま見えているじゃないか。これじゃ箱を開けて手を入れるとそのまま刃で指を切るぞ」

 次長に見せると、次長も「これは」と絶句した。

「これは出荷停止だ。それとこれまでの購入者に全員電話して、開封されていたら問題はなかったか、まだ開封していないようだったら箱を開けるときにご注意くださいとまず連絡しなさい。すぐに」

「該当商品購入者は新カタログの配布を始めて二週間しかたっていないので六人でした。すぐにそのお客様全員に電話させます」次長は課長に指示して、クレーム担当の男性社員が取り掛かった。

 早瀬は物流本部長に現品を持って行き、説明し出荷停止措置をとってもらった。社長には本部長がその場で電話報告したが、「現品を持って商品本部長と該当商品部長、商品課長は社長室に集まるように」との指示があった。

 その後の経過報告では、まずお客様は病院に行ったところ二針縫う怪我であったが、骨には達していないとのこと。商品部からメーカーに連絡が行き、メーカーの総務部長が客宅へ訪問しお詫びをして、了承された。もちろんサフィールからも丁寧な手紙とお詫びの品を送り、治療費等の支払の確認をした。

十.ベルト・コンベヤー ⑧

 デスクに座ると黒田が手に書類を持って来た。

「部長、すみません。債権回収そのものは順調で喜んでるんですが、一人のお客様からクレームが来まして」昼休みの時間中も交代でオペレーターは勤務しているので、黒田は声を潜めてさも辛そうにぼそぼそとつぶやくように言った。

 窓際に折りたたみ椅子を寄せて座るように促した。

「どんな」

「はい、東京のお客様ですがかなり怒られてまして『すでに支払ったはずなのになんで取り立て屋みたいなところから失礼な電話が来るのか』といわれるんです。すぐにお客様の入金状況を調べましたが、やはり三年前のお買い上げ分が未入金なんです。二万三千八百円ばかりですが」

「しかし、そんなこと突然ってことはないだろう。商品発送後二ヶ月経っても入金がないと入金お願いのハガキが行き、それでもないともう一度今度は封書で振込用紙を同封してお願いし、それでも入金がないと督促状を出し、内容証明を出し、君のところから直接電話をしたりしてもいるんだろう。その間、お互いに入金したかどうかの連絡が取れるはずだけどな」

「そのとおりです。ただ、そのお客様に関してはそのあたりがいまでは不明なんです」

「お客様への対応記録は残っているはずじゃないのか」

「それが、対応した社員がすでに退職してまして、彼に連絡を取ったんですが、記憶にないって言うんです」

「記憶ったって、何か記載されたものがあるんだろう」

「はい、それも見つからないんです」

「よく調べたのか。それに何度もお客様に手紙その他を出していながらお客様からはこれまで何の回答もなかったというのかい」 

「はい、お客様にその点をご説明したのですが、郵便振込みで払っているのは確かだから、何かの間違いだろうと思って無視していたっておっしゃるんです」

「じゃー、お客様のほうには振り込み控えがあるのかい」

「何年も前の控えなんてもうわからないっておっしゃるんです」

「それじゃ、うちの入金記録で振込み人不明っていうのがあるが、それは調べているのか」

「はい、いまそれを担当者に調べさせていますが」

「そのお客様のこれまでの履歴はどうなっている?」

「このお客様はかつては優良ユーザーでして、三年前のこのご注文までは年間三~四回はコンスタントにお買い上げになっていらっしゃるんですが、その後は未入金ということでグレー顧客になり先払い扱いの客になり、その後のご注文は途絶えています」

「入金されていないお客様に対してグレー客登録するのは仕方ないな、規則だから。それにしてもその先払いのお願いがいったら問い合わせの電話があるはずだけどな。何で急にお金を先に払わないと商品を送らないのかって」

「それはなかったようです。クレーム等は履歴に記入するようにしていますが、ありませんでした。今回のお話でもそれには触れられませんでしたし」

「なんかおかしいな」

「それまでコンスタントに買い物されていたのに先払い扱いになったらどなたでも怒られますし、それもなくてその後ご注文が全く無くなりましたからね」

「どうしてもウチでもわからず、お客様も支払ったと主張されているんだからお客様を信じるしかないだろう。じゃあもう少し調べてその方向で本部長に報告して決裁を仰ごうか、俺はたとえ二万円ばかりでも決裁権はないから」

 早瀬はアメリカの食品スーパーのステューレオナルドのお店の前の大きな石に刻まれたポリシーを思い出した。スーパー勤務時代に見学したことがある。

  私たちのお店の方針

   ルール1.お客様は常に正しい

   ルール2.もしお客様が間違っていると思ったら、ルール1.をもう一度読みなさい。

 確かこういった意味の英文だったように覚えている。要するにお客様は常に正しいということだ。今回の事件はまさにこの方針を思い出す内容であった。論理的に考えて見るとおかしい点もあるが、当社にも明確な証拠がない以上、お客様を信じるのが最善である。

 阿蘇の山を眺めていると、こまごまとした人間世界の出来事を笑われているような気がする。もっと大きな気持ちでゆったりと生きて生きたいものだと思った。(そうだ、今度の休みには山鹿とか平家落人伝説の五家荘にでもドライブしてみよう)と一人つぶやいた。

十.ベルト・コンベヤー ⑦

 昼食はできるだけいろいろな社員と同席して食べるようにしているが、たまたま今日は黒田課長と向かい合って座った。「海苔弁当」を食べ終わってお茶を飲みながら

「それはそうと、黒田課長、バイパス沿いの角にしゃれた喫茶店があったように思うんだけど、この前久し振りに行こうと思って行ったら見当たらなくてね、空き地になっているようだけど。確か何とかローズとかいう店名だったように覚えているんだが」と話しかけた。

「それはプリムローズという店じゃなかったですかね。あの店はとっくに潰れましたよ」

「そうか。経営不振かな。以前、行ったときには良く流行っていたと思うんだけど」

「部長ご存じなかったんですか。熊本ではちょっとした話題の店だったんですよ」

「うまいコーヒーと美人のウエイトレスでか」

「それはいつのころの話ですか。だいぶん前と違いますか」

「マンモスに入って帰省したときによく行っていたんだけど」

「古い話ですね。実は五年前にぞっとする話があって」

「なんだい、ぞっとする話ってのは」

「幽霊が出たって話なんですよ」

「まさか、いまどき」

「実はそのころの噂話では、朝に店長が開店準備で早めに店に行こうとして、店に入る前にいつものチェックで店の外回りを見て歩いたときに、ふと店の中をウインドウ越しに覗くと女性の客が座っているのが見えたそうなんです。店長はこれはやばい、もうお客さんが来ていると思ってあわてて店の中に入ろうとしたら裏のドアに鍵がかかっているんです。おかしいなと思いながら鍵を開けて入って店内を覗くと誰もいなかったというんです。あれもう帰られたかなと思って店の客用入口へ行くとそちらのドアにも鍵がかかっていているっつうじゃありませんか」

「見てきたようなことを言うね。しかしそれは店長の勘違いか見誤りじゃなかったのかい」

「店長もそのときは勘違いと思ったらしいですよ。ところが別の日にウエイトレスが早番でやってきて、そのときは店長は調理場でモーニングの下ごしらえ作業中だったらしいんですが、店の中に誰かいるなと思って見ると窓際に若い女性が座って外を見ていたらしいですね。ウエイトレスはまだ開店前なのに・・・と思いながらお冷(ひや)を持って行くとそこには誰もいなかったというんです。ところがおかしなことにチェアには誰か座ったような跡があったっていうんですから」

「それも見間違いだろう。誰か窓の外に人がいて。それにいすに座った跡ったってどうやってわかるんだい」

「まあまあ、その後も同じようなことが何度も起こったようです。しかもいつも開店前で窓際の席」

「ほんとかいな」

「ウエイトレスが気持ち悪がって次々と辞めていって、噂が広がってお客が減少。面白がって見に来るお客さんは来たようですがそれも一時的で、結局閉店したってことです」

「なんとな」

「閉店後は店を売りに出したか貸しに出したかしたらしいですが誰も借り手も買い手も無くて結局、元の持ち主が更地にして土地で売ろうとしているんですが、それでもまだ誰も買い手がつかないようですよ」

「そうか、それでいま空き地か」

「買い手が無いのでかなり安いって言うことですよ。立地はいいんですがね。部長、一つ邸宅でも建てたらいかがですか」

「そんな怖いところにすめると思うかい。君こそ、小金か大金かを貯めているって聞くから、どうだい」

「いやですね、部長。根も葉もない。給料が少ないって女房にいつも言われているくらいですから」

「君は生え抜き社員だから給料はいいはずだよ。俺みたいに新聞応募の中途入社組みは部長クラスで最低線だからな」

「そうらしいですね」

「そうらしいって、君知ってるの」

「先日、部長以上の給与額リストが出たでしょう」

「アレは部長会議でその場でOHPで見ただけだが、なんで君が知っているんだ」

「当社においては秘密は無いんですから」

「まったく。しかし・・・。それはそうと、債権回収のほうは順調にいっているの」早瀬は席を立ちながら言った。黒田も弁当の空き箱を持って立ちながら返事をした。

「はい、それでちょっと困ったことがありまして。午後、ご報告に伺おうと思っているんですが」

「悪いニュースなら早く報告してくれなきゃ。トイレへ行ってくるからそのあとその話を聞こう」

 早瀬は少しふさいだ気分になって廊下に出た。

十.ベルト・コンベヤー ⑥

 機械も間違うし人間も。たとえ忍耐力と集中力のあるパートさんでも一日中集中力を続けることはできないのは当然である。コンベアが流れ出すとトイレにも行けないらしい。もちろんどうしてもというときには近くの男性社員に声をかけると代わってくれるとのことだが。だから配送部門では午前中に一五分の休憩、昼食休憩のあと午後三時にも一五分の休憩があるが、それでも立ち詰めでピッキングリストを見続けるのは大変であろう。ピッキングミスは起こるべきして起こるものだと感じた。

「そこで何とかミスを減らそうということで出荷検品を強化しています。その大きな切り札となっているのが重量チェックです。一注文ごとの重さ(箱の重量やパンフレット類も含めて)はすぐにつかめますので、コンピューターで自動的に重さで照合する仕組みです。照合して重量がマッチしないときは箱ごと検査ラインに流れていくようにしています。入れ忘れやカラの箱はここですぐに判明するようになりました」

 しかしここでも問題が発生した。同じ重さのものはパスしてしまうのである。偶然同じ重さである場合もあるが、多いのはカラー間違いである。色違いであれば重さは同じだ。

 そこでやむなく抜き取り検査も実施するようになったとのことだ。検査係にはパートさん三人を配置し梱包前にランダムに抜き取って商品一点ずつカラーも含めて確認作業をしている様子を見た。これは手間であるなと感じた。しかしこれだけやっても出荷ミスに対するクレームはなくならないのが現実だ。

 しかし早瀬は物流本部内を見て、この無駄の無い仕組みに感銘を受けたのである。

たとえば、外部からの見学者はピッキングラインを見てそこに従事する人の多さに驚き、「まさに人海戦術ですね。なぜ機械化しないのですか」という質問を必ずするらしい。それに対してガイド役の広報課社員は織田の言葉を伝えるとのことだ。

「人件費のことを考えると機械化すればいいと思うでしょうが、機械にはわが社のパートさんのようなスピードでピッキングはまだ無理なんです。機械の購入費・設置費、電力代そして償却費等を合計したのと、従事するパートさんの社会保険も含んだ人件費を合計して、ピッキング1件にかかるコストを比較したら圧倒的に人手のほうが安いんです。なんでも機械化すればいいってものではないんです。人の能力は無限だというのが私の持論です」

 開封係リやピッキング係りの仕事ぶりを見ると、織田の言うことは当たっていると早瀬は頭が下がる思いであった。スーパー業界で高収益企業といわれるイトーヨーカードーは業界では「人海戦術」の店づくりをしているといわれているが、人の能力を生かした企業は強いのであろう。織田のこの効率重視というか実質重視という精神は物流センターの隅々にまで浸透しているのにも気づいた。そして自分に任された顧客対応部は人の能力を十分使っているか、効率面ではどうだろうか・・・、反省した。

 今月はピーク時期を過ぎて少しずつ注文電話の件数が減ってきている。オペレーター以外はQC活動をしているので全員が暇というわけではないが、二百人以上のオペレーターをフルに活用することを考えなければならない。効率重視の会社の中で顧客対応部のみが楽園でいて良いわけがない。

これまでは閑散期対策として、パートさんには積極的に有給休暇をとってもらったり、また年末調整の関係で年間収入を抑えたい人には、この閑散期に勤務時間調整をしてもらっていた。

 ところが正社員には勤務時間が決まっているので早く帰れとは言えない。そこで出荷作業や入力作業など物流本部内各部署の要請に応じて、またはこちらからお願いして「応援」勤務をさせてきていた。これらの方策で、室内では見た目には遊んでいるオペレーターがいない状態作りができていた。しかし実態を見ると必要以上に休みを取らせていたり、また応援に出しても閑散期はそちらの部署でも暇なことが多く、そう仕事があるわけではないようであった。

 早瀬はこの状態では繁忙期の人員増どころか、いずれいまよりも人員カットを要請される可能性があると感じていた。いまは売り上げがよいのでなんともいわれないが、もし会社の収益が低下するようなことにでもなったら、まず最初に手をつけるところは最大の経費である人員カットであるに違いなく、そしてその対象はこの部署がまず最初になるであろうと確信した。

 オペレーターにいかに働いてもらうか、そして売り上げに貢献できることは、と考えるとやはりアウトバウンドの実施しか思い浮かばなかった。インバウンドとアウトバウンドという言葉があるが、お客様からの電話を受けるのがインバウンド、これに対して会社の側からお客様に商品のご案内など働きかけることをアウトバウンドというようだ。

 暇な時期や時間帯にはオペレーターが当社のお得意客に商品のご案内、はっきり言うと商品を買っていただく電話をこちらからするのである。しかしこれはもし実施するとなると猛反発が予想された。受注時間の延長どころではないであろう。十分準備をしてかかる必要がある。商品教育が必要だし、できれば商品の現物も見せたいし、セールストークも開発してそれを使えばどのオペレーターでも、ある程度の売り上げにつながるようなものも欲しい。

 そこでアウトバウンドを正式にスタートする前の段階として、ご注文電話があったときにお客様の購買履歴を見ながら少しでもよいから「こういった商品もございますよ」と、押し付けにならない程度に少しずつご案内するということをしてはどうかと考えていた。当社のお客様はフアンが多いので大きなクレームにつながるような事態は起こらないだろうが、押し付けすぎて逆に客離れを招いていては本末転倒である。このアウトバウンドは自分自身の課題として他社の例も探しながら検討していくことにした。

十.ベルト・コンベヤー ⑤

 箱の次にはピッキングとなる。三階の衣料品ラインに降りてきた。

「ご存知のように注文商品を商品棚から取り出して注文者の箱に入れる作業をピッキングといいます。五階の箱部門からベルト・コンベヤーが各階の内部を縦横に走り回っています。見た目は乱雑なようですが、このラインをどう取り付けるか、商品とどう組み合わせるかなどはまさに鉄道の時刻表作りのような気がする作業です。これはカタログ発行にあわせて半年ごとに組み替えます」

半年ごとに時刻表改正となるのだ。乱雑な様でも十分計算されていると知り驚いた。ベルト・コンベヤーの両横には商品棚が圧倒的に迫っており、コンベヤの両側には数メートルごとにパートさんが立っている。

 ベルト・コンベヤー上には次々と箱が流れてきており、その箱に取り付けられているピッキングリストをパートさんが見て後ろを振り返らずに手を伸ばして該当商品を取り出して箱に入れる。ここにも開封作業並みのベテランがいるのである。

ピッキングリストを見てから後ろを振り返って、商品棚を見て該当商品を探していたのではコンベアの流れに追いつかないんです。いまはすこし出荷量が落ちてきていますので比較的スムーズですが、繁忙期になるとコンベア上にぎっしりと隙間無く箱が流れており、いま見ている該当の箱から目を離さず、すばやく商品を取り出して入れないとどの箱の商品かわからなくなります。そしてピッキングミスが発生します。この作業も男性には無理でしょうね。開封作業と同じで集中力と忍耐力が必要で、男性ですと長時間は無理です」

「ベルト・コンベヤーが何本も走っているけど、五階から一本走ればいいんじゃないの。上から下まで一本でつなげば」

「いえ、それではかなり非効率となります。お客さんの注文商品内容はすべて違いますから、婦人衣料だけとか紳士衣料だけだったり、場合によっては食料品だけであったり、婦人衣料と小物家電製品の注文であったり注文内容は千差万別です。そこでリストをスキャナーで読み取って三階に置いている商品に必要が無ければ三階はパスして四階から二階に直行するというバイパスのコンベアがあるんです。一階だけに用があるときには五階から一階へ直行ですね。またフロア内でもある部門を通る必要が無ければその部門を通らないようにも組まれています」

「そうか。それでこれだけ多数のベルト・コンベヤーが縦横に流れているんですね。しかしあまりコンベアが多すぎても返って効率が悪くなるんじゃないの」

「そうなんですよ。そこが苦心というところですね。どのルートを経由すると効率的かはコンピューターを利用して計算しています」

 一階に降りると、そこでは最後の商品を入れた後、パンフレット類やピッキングリストそのものを箱に入れ、自動封印機で箱のふたが閉じられテープが張られていた。

 そのあと若い男性社員がベルト・コンベヤーの分岐点で送り先地域ごとに左右振り分け作業をしている。力作業である。これも自動化することが検討されているが、この振り分け作業のスピードは機械よりもまだ若い男性のほうが早いということでまだ未導入とのことだ。

 そして最後に出荷検査となる。ここは早瀬の部署と直接の関係があるので興味を持って見た。

 通販会社の悩みの種、お客様の不信の元はピッキングミスである。いまかいまかと商品の届くのを待ち、わくわくしながら段ボール箱を開けると、注文した商品が入っていなかったり、間違った商品が入っていたり、最悪の場合はまったく別人の商品が入っていたり・・・。実際にあったことだがわくわくしながらあけて見ると中身はカラ。怒り心頭!

ピッキングミスの原因はいろいろあるんです。箱部門での最初に担当者がピッキングリストを貼り間違えたり、ピッキング担当者が違った商品を入れたり、隣の箱に誤って入れたり・・・・。顧客対応部の皆さんには大変ご迷惑をおかけしていますが」小林はいかめしい顔を情けなさそうに言った。

「いや、うちというよりお客様に迷惑をかけているんですよ」

十.ベルト・コンベヤー ④

 翌日は商品の出荷状況を見学した。小林係長はがっしりとした体つきのいかつい顔を今日もニコニコさせて同行してくれた。

「五階に上がりましょうか」人荷用エレベータに乗った。サフィールの物流センターの配送部門は五階建ての建物であり、一番上の階に箱部門がある。

「出荷の出発点は箱、つまりダンボール箱なんですが、部長、通販で商品を買うとその中身に応じた箱のサイズになっているのにお気づきですか」

「そうですね、そういえばスーパーで少量買ったのに大きなポリ袋をもらうことがあったけれど、通販商品を送ってきたときは大体ぴったりサイズですね」

「そうなんです。そのスーパーの大きなポリ袋はまだコスト的に違いは大きくは無いと思いますが、通販商品の場合は宅配送料に直結しますからその差は一〇〇円単位といわれるぐらい大きなコスト差になるんです」

 通販商品を受け取ると、その中身の容量に応じた箱のサイズとなっていることにどれだけのお客さんが気づいているだろうかと早瀬は思った。通販会社では物流コスト削減のためにできるだけ無駄の無い箱が利用されているのである。宅配料金は箱のサイズで変わるので、できるだけ小さなサイズにすることが望ましい。さらに中身に対して箱が大きすぎると輸送中に商品が箱の中で踊って痛むことになるので、それを防ぐために詰め物がたくさん必要となる。詰め物もタダではない。といってあまりに小さいとギューギュー詰めになって商品によっては傷むし、衣料品であればしわができてしまう。

「最初にスキャナーが顧客ごとのピッキングリストつまり注文商品リストのバーコードを読み取りまして、その注文商品量に応じた箱がこの横の箱ルームから出てきて自動的に組み立てられます。そして宅配伝票が貼られ、ピッキングリストは人手で箱の上蓋に取り付けられるんです」

 なぜ注文量に応じた箱が出てくるのか?

 実はカタログ掲載商品はすべてそのサイズ(立て・横・厚さ)と重さが登録されているという。箱入りや袋入りの商品はその状態で測られる。それがコンピューターにすべて登録されているので注文客ごとの必要な箱のサイズはコンピューターが自動的に計算している。五階の一番上に箱部門があるのはそこがすべてのスタート地点というわけだ。

「上から下に流すのが引力の法則に従いましてエネルギーが少なくてすみますからね」小林はさも得意そうな顔である。

「四階から下には今のシーズンのカタログにあわせて、箱に入れる重量物から配置されています。スーパーで買い物しレジを通過したあと、袋詰めするときに重いものを下に入れるのと同じです。もちろんフロアごと、またブロックごとに日用雑貨・衣料品・食料品・小物家具・家電製品などに区分されています。同じような商品は同じところにおくというのもスーパーの売り場に似ているでしょう。もちろん食料品とファッション商品とを一緒に箱に入れないとか、大型家電製品を上層階からベルト・コンベヤーから流すというようなことはしていませんし、大型商品はメーカー直送するようにしています」

 たとえば大阪のメーカーの工場から熊本に運んで、それを大阪の顧客にお届けするというような馬鹿なことはしない仕組みである。早瀬にも十分理解できた。

十.ベルト・コンベヤー ③

 地方にしては時間給が高いのでパート希望者にとってサフィールは人気がある会社であり、その中でも開封作業は座ってできる軽作業ということで希望者は多い。しかも最も退職者の少ないのがこの職場であった。少ないとはいってもパートタイマーの主婦は主人の転勤や家庭の事情等でやむなく退職者が出るので、その補充採用は年数回行われていた。この軽作業については好不況期にかかわらず、たちまち応募者が殺到する。そしてユニークなのは、この応募者を選考する「入社試験」は最初に人事課による面接があり、筆記試験なし、いわゆる性格検査なしであるが、しかし唯一重要な「適性検査」試験が課されているのだ。

「応募者は五人から一〇人単位にされて、試験会場というか会議室にその単位で呼ばれます。一列に並んだ会議机の前に横にズラリと座ってもらって、その机の上には注文書の入った封筒が一〇〇通ずつきちんと置いています。応募者一人ひとりの折りたたみいすの横には大きなゴミ袋が机の手前の端にテープで貼り付けられてるんです。後ろには両手にストップウオッチを持った社員が受験者二人に一人の割で立っています。つまり受験者が一〇人だと五人の社員が後ろにいるわけですね」

「最初に人事の担当者が開封済みの封筒を手にとって、いまからする作業を説明します。封筒を一つ手にとって中身を取り出し、不要になった封筒は左手でゴミ袋に投入し、取り出した注文書は裏表をみて表にし、注文書の上下をあわせて机の前方に置きます。『このような簡単な作業をいまから十分間でしていただきます。早く終わった人は右手をあげて合図してください』という説明をして、実際に担当者が実演して見せるんです」

「へ~、それが試験ですか」早瀬は驚いた。そういえば自分の入社試験も面接だけという、これだけの企業にしては型破りであったことを思いだした。

「ヨーイ、はじめ」でスタート。全員のタイムを図りその処理速度が速く正確な人から採用となるという。学歴も性格も何も関係なし。単に手の速い人だけを採用する目的に特化している。

「この試験をすると会社も儲けるんですよ。その分、タダで開封作業ができますからね」

「一挙両得というか一石二鳥と言うか、面白いことを考えたもんですね」

 そういった手の速い人が揃えられた開封係りは、朝出勤するとまず自分の席の横にゴミ袋をガムテープで取り付ける。

 なぜゴミ箱でなくごみ袋か。ゴミ箱は隣の人との間で邪魔になり、移動しやすい。そしてそのサイズに限界がある。そして就業後にゴミ箱からごみ袋を取り出す手間がある。それに比べてゴミ袋を作業テーブルの自席の横に二ケ所貼り付けるのは、見た目はきれいではないが容量たっぷりでいつもその場所にあり終業後、テープをはずせばそのままゴミ台車に乗せられる。ここにも効率があるのだ。

 机の上には若い男性社員が早めに出勤して、すでに開封した封筒をパートさんの作業机に目分量で同じ高さになるようにして置いている。朝礼が終わり九時の始業ベルがなると彼女たちはいっせいに注文書取り出し作業にとりかかるのである。早瀬が横で見ていると、その手の速さは見ていて驚くほどであった。

『時間給一〇〇〇円のパートさんがたとえば雑談しながらとろとろと開封作業をして極端な話、一時間に一〇〇通の開封をしたとするとその開封直接コストは一通当たり一〇円になります。できるだけ安く商品を販売するために努力しているうちの会社にとっては、この最初の段階で一注文につき一〇円のコストは非常に高いものにつきます。そこでもしこのパートさんが一時間に一〇〇〇通の開封作業をすれば一通当たり一円となります。一秒に一通処理すれば三六〇〇通となり、一通当たり〇.三円となります。だから手の速い人でないとコストが高くつくんです」

 まさに開封作業のコスト削減は手の速さにかかっているのである。実際に開封しているパートさんたちは一秒に数通の処理をしているとのことだが、本当に速い。

「パートさんの目を見てください。目が点になってますよ」

 彼女らの作業を見た人たちが口を合わせていう言葉らしいが、まさにその言葉とおり、目を一点にして視野の中で作業をしている様子であった。