十.ベルト・コンベヤー ⑦

 昼食はできるだけいろいろな社員と同席して食べるようにしているが、たまたま今日は黒田課長と向かい合って座った。「海苔弁当」を食べ終わってお茶を飲みながら

「それはそうと、黒田課長、バイパス沿いの角にしゃれた喫茶店があったように思うんだけど、この前久し振りに行こうと思って行ったら見当たらなくてね、空き地になっているようだけど。確か何とかローズとかいう店名だったように覚えているんだが」と話しかけた。

「それはプリムローズという店じゃなかったですかね。あの店はとっくに潰れましたよ」

「そうか。経営不振かな。以前、行ったときには良く流行っていたと思うんだけど」

「部長ご存じなかったんですか。熊本ではちょっとした話題の店だったんですよ」

「うまいコーヒーと美人のウエイトレスでか」

「それはいつのころの話ですか。だいぶん前と違いますか」

「マンモスに入って帰省したときによく行っていたんだけど」

「古い話ですね。実は五年前にぞっとする話があって」

「なんだい、ぞっとする話ってのは」

「幽霊が出たって話なんですよ」

「まさか、いまどき」

「実はそのころの噂話では、朝に店長が開店準備で早めに店に行こうとして、店に入る前にいつものチェックで店の外回りを見て歩いたときに、ふと店の中をウインドウ越しに覗くと女性の客が座っているのが見えたそうなんです。店長はこれはやばい、もうお客さんが来ていると思ってあわてて店の中に入ろうとしたら裏のドアに鍵がかかっているんです。おかしいなと思いながら鍵を開けて入って店内を覗くと誰もいなかったというんです。あれもう帰られたかなと思って店の客用入口へ行くとそちらのドアにも鍵がかかっていているっつうじゃありませんか」

「見てきたようなことを言うね。しかしそれは店長の勘違いか見誤りじゃなかったのかい」

「店長もそのときは勘違いと思ったらしいですよ。ところが別の日にウエイトレスが早番でやってきて、そのときは店長は調理場でモーニングの下ごしらえ作業中だったらしいんですが、店の中に誰かいるなと思って見ると窓際に若い女性が座って外を見ていたらしいですね。ウエイトレスはまだ開店前なのに・・・と思いながらお冷(ひや)を持って行くとそこには誰もいなかったというんです。ところがおかしなことにチェアには誰か座ったような跡があったっていうんですから」

「それも見間違いだろう。誰か窓の外に人がいて。それにいすに座った跡ったってどうやってわかるんだい」

「まあまあ、その後も同じようなことが何度も起こったようです。しかもいつも開店前で窓際の席」

「ほんとかいな」

「ウエイトレスが気持ち悪がって次々と辞めていって、噂が広がってお客が減少。面白がって見に来るお客さんは来たようですがそれも一時的で、結局閉店したってことです」

「なんとな」

「閉店後は店を売りに出したか貸しに出したかしたらしいですが誰も借り手も買い手も無くて結局、元の持ち主が更地にして土地で売ろうとしているんですが、それでもまだ誰も買い手がつかないようですよ」

「そうか、それでいま空き地か」

「買い手が無いのでかなり安いって言うことですよ。立地はいいんですがね。部長、一つ邸宅でも建てたらいかがですか」

「そんな怖いところにすめると思うかい。君こそ、小金か大金かを貯めているって聞くから、どうだい」

「いやですね、部長。根も葉もない。給料が少ないって女房にいつも言われているくらいですから」

「君は生え抜き社員だから給料はいいはずだよ。俺みたいに新聞応募の中途入社組みは部長クラスで最低線だからな」

「そうらしいですね」

「そうらしいって、君知ってるの」

「先日、部長以上の給与額リストが出たでしょう」

「アレは部長会議でその場でOHPで見ただけだが、なんで君が知っているんだ」

「当社においては秘密は無いんですから」

「まったく。しかし・・・。それはそうと、債権回収のほうは順調にいっているの」早瀬は席を立ちながら言った。黒田も弁当の空き箱を持って立ちながら返事をした。

「はい、それでちょっと困ったことがありまして。午後、ご報告に伺おうと思っているんですが」

「悪いニュースなら早く報告してくれなきゃ。トイレへ行ってくるからそのあとその話を聞こう」

 早瀬は少しふさいだ気分になって廊下に出た。