七.足の細い女 ⑧
金曜の夜、下通りから横丁に入り二回曲がったところにあるスナックに入った。
「いらっしゃい。めずらしかとね」
この店に来たのは四度目か五度目であるが、真弓のおばさんの店とは違って小さな路地裏にある古びた店である。この店が満員になるのをまだ見たことが無いが、一人で何の気兼ねもなしに飲めるのがいい。カラオケも無く静かで安いのも気に入っている。
「今日はなぜか、ひまでひまで」
「ここはいつもひまじゃなかと」
「まあ、よく言うと。ホントのこといったらいかん」
早瀬と同じ年頃のママは色気があった。
「今日も誰もいないんで、一度聞きたかったんだけど、ママみたいに美人がいるのに、なして客が少ないと」
「それ、ほめとると?」ママは水割りを作りながらにらむように早瀬を見た。
「でも、そんなに美人かしら」
「昔は美人だったろうと思って」
「それはありがと」ママは笑いながら奥の調理場に入った。
ドアが開き、この店にしては珍しくサラリーマンとOLらしきグループがわいわい言いながらにぎやかに店に入ってきたが、そのすぐ後ろから堀がきょろきょろしながらついて入ってきた。
「部長、ここが隠れ家ですか」
「いらっしゃいませ」調理場との境の暖簾の間からママが顔を出した。
「いや、きれいなママさんばってん」堀は大きな声で言いながら、
「わかりました。ママさん目当てですね」ニヤニヤしながらすわった。
「何を馬鹿なことをいって」
「そうですかね。私の誘いには乗らないでおきながら、こういったところでママさんとしっとりですか」
「いつも一言多いね」
「え、前の次長さんに鍛えられましたから」
「よく言うよ。それで例の件は進んでいるのかい」
「部長の置き土産については順調にいっておりまして、おかげさまで社長からも誉められました」
「そりゃーよかった」
「エリアマーケティングの件は、決裁がおりまして、さっそく九月から実施です」
「九月は定番カタログの商品で追われて、それどころではないだろうが」
「そこなんですよ、私のすごいところは。今年の春夏物の在庫がまたたんと残りそうで、九月といえばまだ暑いし、地域によっては夏物で十分いけます。それに東北以北はもう合い物が動きます。そこで九月に受注した商品を出荷するときに、関東以西は夏物処分チラシを同封し、東北から向こうは合い物処分チラシをいれるようにすることになりました」
「じゃ、チラシは二種類作るんだな」
「はい、ご指示のとおりです」
「僕は君の上司じゃないよ、指示など出してません」
「黒幕です」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
「それともう一つの少量チラシについても、社長がOKを出してくれました。ただし、実験ということで経費と売上げの状況を見て、継続するかどうか決めるということになりました」
「通常のルートでチラシを作っていたのではコストがかかるから、簡略化が必要だな、それは」
「そうです」堀は早瀬の目刺しを勝手に次々と食べていった。