四.ブロード・キャスティング ①
「次長、ブラウスの欠品でクレームが殺到しているようですよ」
社内で何かあるとすぐに教えてくれる堀が、少し離れたところに座っている木下部長の様子を窺いながら小声で言った。
「今年の秋冬物は欠品だらけじゃないか」
「ご存知のとおり昨年がかなりの過剰在庫で、今年は発注がかなり抑えられたんです。でもこれは毎年のことですがね。過剰在庫の翌年は欠品だらけ、欠品でクレームが殺到すると、翌年は過剰発注で過剰在庫、という繰り返しですから」
「言っちゃあ悪いけど、それも能の無い話だな」早瀬は何か腹が立ってきて、思わず大きな声を出した。
「次長、声が大きすぎますよ。そんな大きな声で誰かに聞かれたら首が飛びますよ」
「誰かったって、うちの部の人間ばかりじゃないか」自分の部内で誰に聞かれたら悪いというのか、そんな気持ちであった。
「それが危ないんですよ。この前あったでしょう」堀は顔を近づけてきた。
あまりにも堀の顔が近づいてきたので、早瀬は頭を後ろにそらしながら声を落として言った。
「しかし、基本的な話だよ。同じ失敗を繰り返さないというのは人間としての基本だし、仏の顔も二度三度というじゃないか」
「そりゃーそうですが」堀は少し不満そうな顔をした。
「商品部ではそういった極端なぶれを修正する人がいないのかな」
堀はまた声を小さくして、
「誰も調整できません。社長が直接指示しているんですから」とつぶやいた。
早瀬も黙ってしまった。
室内を眺め渡し、部長がちょうど秘書の影に隠れた状態で下を向いて何かしきりにやっているのが目に入った。サフィールでは部長以上の役職者には秘書がつく。秘書なんて役員以上で十分だろうにと思いながらも、ややうらやましさを感じている。
気を取り直し、態勢を立て直した。
「まあ、お客さんの立場に立つと、カタログで案内していながら商品が無いというほうが問題であって、過剰在庫自体はお客さんには何の関係も無いのだから」
「しかし次長、倒産の原因の一つは過剰在庫だと聞きますから、会社にとっては生死を決する重要事項だと思いますが」
「よく知っているね。ただ、過剰在庫が倒産の原因としてもその裏側が販売不振なんだからそこを忘れてはいかんと思うよ」
「はあ」
「それに過剰在庫というのはイコール過剰発注ということで、結局需要予測、もっと会社サイドで言うと受注予測を見誤ったということになるし」
「そうですね。しかし需要予測にしろ受注予測にしろ、これは通販会社にとって永遠のテーマだと思います」
「この前読んだ本に書いていたけど、通販先進国アメリカでも需要予測は難しいらしいね。サックス・フィフスの通販部門のベテランバイヤーでも、予測があたる確率は三割から最高によくて四割というらしいよ」
「アメリカでもそうですか、それならうちの状況は仕方ないですね」
「しかし、アメリカの通販会社の優れている点は、外れたときのことを常に考えて動いていることだろうな」
「それはどういうことですか」
「つまり、予測というものは外れるのが当たり前だということが出発点にあるわけだよ。だからそれを考えて予め手を打っておく、もしくはそう言った仕組みを事前に作っておくんだ」
「仕組みですか」
「たとえば、サックスの場合は店舗を持っているので店頭在庫と通販用在庫を全体で管理して、うまくやっていっているようだな。通販で売れすぎて在庫がなくなると、全国の店にブロード・キャステイングという言葉らしいが、連絡が即時に流れて在庫のある店からすぐに商品を動かすといわれるし、もし過剰在庫になってきたら店頭で処分に入り、それでも残ったらアウトレットストアというB品や売れ残り処分専用の系列ディスカウント店で売りきるらしい」
「そうですか、なるほど需要予測が一〇〇%当たらないことを見越していろいろな手を打っているわけですね」