六.左遷 ⑦

 翌日の熊日新聞に早瀬の異動が掲載された。部長以上の新任や異動は掲載されるのが常である。妻の栄子には単に昇進し物流本部勤務とだけ言った。投書のことは黙っていたし、真弓とのことは気づかれていないようだった。ついでにこれからは車通勤になるな、とも言った。

 これまでは白川沿いのマンション住まいで歩いて本社に通えたが、バイパス沿いの物流本部まではとても歩けない。車は栄子が子供の送り迎えや買い物に使っていたので、夫の昇進を喜びはしたものの、車が使えなくなると知って不満そうな顔をした。場合によってはスクータで行ってもいいなと内心早瀬は思った。早瀬自身は雨の日は別として小回りの利くスクータが好きである。(しかし部長でスクータ通勤というのもどうかな、まあいいか。それもユニークだし)会社まで歩きながらいろいろと考えていた。

 会社に着いていつもの習慣で引出しをあけると、ピンクの封筒が有った。おかしいな、昨日整理したのでこんなものがあるわけ無いんだがと思って、すぐにこれはヤバイと気がついてあわてて引出しを閉めた。幸い出勤者はまだ数名でその誰もこちらを見ていなかった。しかし次々と出勤者が入ってくる状態では、とても封筒を取り出せはしなかった。そのうち朝礼が始まり、明夜の送別会も周知された。

 九時過ぎには広告会社や企画会社など取引先の経営者や幹部、営業マンなどから電話が入り始めた。「新聞で見て驚きました」というのが共通の言葉である。何人かは挨拶に伺うとも言ってくれたが社内の異動なのでと控えてもらった。

 

 竹中課長や木下部長への引継ぎは簡単に済んだが、電話応対に時間をとられた。

 十二時一〇分ごろ、堀らが一緒に昼食に行こうというのを断った。昼休み電話当番社員以外いなくなったのを見計らって、それでも慎重に書類を出すフリをして引出しから封筒を出し、書類の中に挟んで立ちあがった。

 席を立っては見たものの、近所の食堂や喫茶店はどこも当社の社員がいるし、相席になるのが落ちである。やむなくトイレに入り、誰もいないのを再度確認して洋式便器にふたをして座り、封筒を取り出した。

「昨日は残念でした。他に先約があるとのことでしたが、もしかしたら早く終わって来て頂けるかと思い、十二時まで店で待っていました。明夜はみんなとカラオケなど行かずに一次会が終わったらすぐに例の店にいらっしてください。お待ちしています」ラブマークがあった。

 

 金曜の朝会社に着くと堀が早速やってきて、

「部次長」

「何だ、その部次長っていうのは」

「いまは部長でもなし、次長を終わったというころでしょうから、その中間で」

「やめてくれよ」

「へ、ところで次長、今日のところは仕事は早く終わってくださいよ。六時から下通りの『仲見世』です」

「わるいな。部長や本部長はこられるのか」

「えーえー、来られますとも。急な話ですので他にご用があれば私どもでやっておきますからと、申し上げたのですがね。来られるというのですから」

「よくそんな失礼な言い方をするね」

「まあまあ、お願いします」ニヤニヤとそう言って堀は離れた。

 

 振り返って熊本城を見ると、四月の青空にくっきりとそびえている。(ここからお城を見るのも今日限りだな)少々感傷的な気分に浸っていた。