六.左遷 ⑤

 その夜は一人で下通りをぶらつき、例の焼き鳥屋に入った。カウンターでさびしい気持ちをかみしめた。店主は早瀬の気配を察知したようで、挨拶だけして注文をきくと離れて行った。

 ビールのジョッキを傾けながら考えて見ると、自業自得ではないかという気がしてきた。(投書では「生駒のおばさんの店から出てくるところを見た」と書いてあるらしかったが、ホテルに行ったことは書いていない。こちらのほうは誰にも見られていないようだ。しかし真弓と一線を越えた以上、投書されようがされまいが社員として、管理職として、妻ある身として、人間として断罪されて当然ではないか。マンモスでの教えを破ったものとして恥ずかしい)

という気がしてきてますます気が滅入ってきた。真弓との事が露見すると左遷どころか、会社にさえいられなくなるかも知れない。家庭も失うかもしれない。

 ジョッキを飲み干すと、焼酎を求めた。湯の量を少な目にと頼んだ。

 

 翌日の朝礼の放送で異動が発表になった。月曜以外は各部に社内放送が流れての朝礼となる。

 早瀬一人かと思っていたら他に数人の名前があった。情報漏れの多いこの会社では、部内の社員の殆どは昨日のうちに異動を知っていて、朝礼で発表になっても驚きの声をあげるものは少なかった。大体、こんなところで声を上げるといかに社内の情報に疎いかをばらすようなものなので、もし知っていなくても鉄仮面で通すのが常である。

 異動者の中には宣伝部の山下も含まれていた。山下の素行についてはこの頃はかなり社内で評判になっていた。十八歳の新入社員は妊娠したとかいうもっぱらの話で、織田もとうとう放置しておけなくなったようだ。山下の異動先は物流本部の配送センターである。主任の肩書きははずされていた。多分、配送センターで荷物担ぎをすることになるだろうといわれている。

 朝礼が終わると部下たちが机の周りに集まってきて、

「次長、いや、もう部長ですね、おめでとうございます」

と口々に言ってきた。

 少し二日酔い気味の早瀬は、ニコニコとしながら複雑な気持ちであった。

(この中の誰かが投書したおかげで・・・。だが、本当のところは自業自得だ)

 それにしても投書されて異動させられて、笑顔を見せている自分が情けなかった。

(しかし投書者は俺の降格を望んでいたのに、結果は昇進だ。ざまー見ろ)

という気もたしかにあった。

 ひとしきり言葉を交わした後、彼らは自席に戻っていった。そういえば宇川と生駒だけは近寄ってこなかったなと気づいた。

 頃合を見たように堀がやってきた。

「さびしくなりますね。月曜着任ということは、今日は水曜日で明後日の金曜日に急遽、送別会ということでよろしいですか」

「急な話だから、後でゆっくりでもいいんじゃないか」

「いえいえ、こういうことはけじめをつけなければ。後でといってもあちらに行って女性に囲まれた生活をされていますと、こちらのことはすぐ忘れてしまうでしょうから、その頃『送別会です』といっても白けますしね」

堀はさびしそうな、また皮肉を含んだような言い方をした。

「女護ガ島に行くんじゃないよ」

「同じようなものですよ、部長」

「まだ部長じゃないよ」

「それは不調法で、失礼しました」

「駄洒落を言ってる場合じゃないぞ。今日はいろいろと急がしいんだから」

「わかっています。じゃ、明後日送別会ということで」

 堀は頭をかしげながら自席に向かった。