八.火の国まつり ⑦
「石川次長、この月報もそろそろ内容を充実させたいと思うんですが」部内ミーテイングで今月の月次報告をまとめる話が出たのを幸い、早瀬は気になっていることを持ち出した。
「はい、えーと、どのようにすればいいですか」
「この月報は本部長経由で社長に、ウチの部の月間の仕事内容を報告するという意味があるでしょう。トップの目で見てこれで十分かということなんですよ」
「一応、部内の状況やデータは全て網羅しているつもりですが」
「いや、その点は問題はないのですが、忙しいトップに先月の電話受注件数がいくらで、クレーム件数がいくらで、入金がいくらでといったデータをナマの数字のまま出すのはどうかなということなんです」
「はい」
「トップがウチの部について知りたいことは何かを察知して、それを要約してグラフも多用して表紙一枚にまとめるようにしたいんですがね。つまり、忙しいトップは表紙だけ読めば先月の問題点や状況がわかるようにし、もしその中でもっと詳しいことが知りたくなったら本文を開けば詳細なデータがある、というようにしたらどうかなと思ってるんだが」
「それはいいですね」黒田がすぐに同意の声を出し、それにつられるように石川次長も、
「私もそれが良いと思います。いままでの月報は出しても全く反応がなかったのですが、あまり詳しすぎて多分読んでいただいていなかったのでは、と反省していたのですが」
「ではさっそく、今月の報告から取りかかってみてくれないか」
全員がうなずいて解散した。少しずつ良くなっている実感がしてきた。
「部長、やらはりますね」
堀係長が顔を赤くしながら、うれしそうに言い、ジョッキをグイッとあおった。
「堀君、ピッチが早すぎるぞ」早瀬は心配しながら声をかけた。
堀からの電話で、最近熊本で話題のアジア料理店で待ち合わせたのである。下通りの端にある鶴屋デパート前から北に行く通りが上通りであるが、その上通りの東側、つまり熊本城とは反対側に「上乃裏通り」というまさにその名のとおりの裏通りが並行して走っている。もともと普通の民家や土蔵があった一帯であったが、いつの間にか民家が改装され土蔵が改装され、隠れたスポットになった。
それがまたいつの間にか熊本だけでなく九州屈指の集客スポットになったのである。その中ほどにアジア料理店があり、若いカップルやグループでいつもにぎわっている。堀と早瀬のペアでは周りの若者とは若さで負けている気がしたが、座って飲み始めたらまったく周囲は気にならない。
「イエイエ、大丈夫ですたい。酒には飲まれません」
「すでに熊本弁だぞ。まあ俺が良くやったというよりいままであの部では何もしていなかったし、前任の荒木さんがきちんと土台作りをしてくれていたので、火をつけたらすぐに燃え上がる状態にあったということだろうな」
「イエイエご謙遜を。部長が行かなければ多分いまでも、いえあと数年でも昔のままだったんじゃ―なかと」
「そんなことはないだろう。お客さんからの声が大きくなれば、たとえ誰が部長でもやらざるを得ないしな。ま、いいじゃないか」謙遜しながらも、酒がうまかった。
「実は、きょうも課長と昼飯を食べながら話をしてたと。あのおとなしい部長が顧客対応部に行かれたら、水を得た魚のように活躍しているって課長が言っとりなはったと」
「そんなに俺はマーケティング部ではおとなしかったかな」
「おとなしいというか、メタボさんの下で牙を隠していたというか」
「物騒なことを言うなよ、人聞きの悪い」
「しかしお見事たい。勤務時間を長くするわ、土日の外注はするわ、償却した債権をまた回収するわ・・・」
「その言い方は誉めているのか、けなしているのかわからんね」
「誉めてるとよ。オペレーターの子はブーブー言っとるようたい」
「そうだろうな。悪いと思っているが、お客さんの便利を優先したもんでな。しかしそのオペレーターも二〇〇人もいると変なのもいるよ。この前もね、俺が来て二ヶ月近くたち、朝礼でも度々話をしてきたのに、こんなことがあってね」
「どんなことですたい」