八.火の国まつり ⑥

 受注時間の延長、フリーダイアル、外注と電話関係の改善ができたので次のテーマを入金処理課の黒田課長と話した。黒田はマーケティング部の堀と似たところがあり、一件無頓着なようでいて、そのくせ気配りがうまい。ただ人脈的には堀のように社内全般に通じているということは無く、物流本部内に通じているという程度である。それでも物流本部内のことに詳しくない早瀬にとっては助かる存在には違いなかった。

 頭はなかなかよさそうで、当初は一番端の席から時々メガネ越しに鋭い目で早瀬を見つめていることがあった。ところがその鋭い目がいつのまにかやわらいできて、ミーテイングの席でも早瀬の考えに真っ先に同調することが多くなった。

 その黒田と改善すべきことを話し合ったが、彼は不良債権として会計処理したものを、回収したいと言い出した。サフィールでは年商一千億円の売上げに対して、回収できなかった金額の比率、つまり不良債権率は〇、一%であった。わずか〇、一%でも金額にすると一億円に達する。しかも傾向としては増加してきていた。

 もちろん督促はかなりの頻度で行っている。まずハガキを出し、手紙を出し、弁護士からの督促状を出し、内容証明を出し、最後勧告を出し・・・と合計八回ほど請求を出しつづけていた。ただ、一人あたりの滞納金額が一万円から二万円程度なので訴訟に持ち込むほどではなかった。結局最後には償却、つまり入金をあきらめて社内処理していた。

 黒田の言うには、この償却済みの一億円、さらに過去にさかのぼって、時効になっていないものを合計すると五億円に近いものを、外部の回収業者に回収を委託しょうというのである。

 実はある業者から申し入れがあったという。考え方は良いのだが問題はその業者である。かつてのサラ金業者のように暴力的な取立てをする会社であると、いかに回収が進んでもかえって会社の信用に傷がついてしまう。また、その手数料が余りに過大だとメリットは少ない。黒田に話を持ち込んだ業者の信用照会と、銀行筋からの情報を得てくるように指示し、また手数料について相手の希望を詳しく聞いてくるようにも言った。

 しばらくして興信所からの報告があった。

 その業者は全国主要都市に営業所があり、もちろん熊本にもあった。興信所の報告では問題は少ない様であった。また、個人情報保護にも力を入れているようであり、いち早くプライバシーマークを収得していた。

 そこで早瀬は回収業者の熊本営業所を訪問して、どのような債権回収の仕方をしているか実態を見てくることにした。黒田も同行した。

 営業所は水前寺の近くの健軍にあり、その所内では男女五~六名の社員が電話に向かって話し掛けているのが見えた。

 営業所長に挨拶して、回収の仕方を説明してもらったが、債務者宅へ直接訪問するのは余程のときに限られ殆どは電話での催促である。しかも全国に営業所があるのでその地域ごとの対応ができるという。

 債務者一人一人についてその経緯をカード化していたので、そのカードを見せてもらうと、金額はもちろんこれまでの催促の状況をつぶさに書きこんでいた。

○月○日 午後二時三九分 電話実施、本人と話をし・・・            (記入者 誰々)

と電話内容と債務者の回答をその都度詳しく記入していた。債務者には平均五回以上電話するようである。もちろん、暴力団ではないので脅し言葉や脅迫めいた言葉は言わない。正当な支払いの要求を理を持って話すと言う。また、支払いが困難な債務者については、分割払いでの支払いを持ちかけたりすることもあると言う。

「私達は、企業に代わって督促し回収努力をしますが、あくまでも紳士的に話しかけます。また、場合によれば債務者が支払えるような支払い計画を作ってあげたりします」所長は自信ありげに話した。

 いろいろな会社から回収業務を受託しているが、このような丁寧な回収の仕方をしているのでクレームもほとんど無く、約六割の回収率になっているとも言った。手数料については回収金額の四割ということである。かなり高いような気もしたが、元々償却済みの債権が中心であり、それが少しでも回収できれば即利益となる。

 早瀬はこれなら問題は少ないだろうと判断して、黒田に稟議書を書かせ本部長に説明して承認印をもらった。本部長からも社長からも個人情報の保護と、会社の信用を傷つけないようにということを重ねて指示され決裁された。

 もともと当社の不良債権は、悪意のある債務者、例えば最初から詐欺目当ての場合はむしろ少なくて、ほとんどの債務者は何らかの事情で支払えなかった人である。事情さえ良くなればまたサフィールに注文を出してくれる客となる。そこで業者には、債務者から取り立ての件で重大なクレームが出れば、それ以降の委託は打ち切る旨を委託契約書の特記事項に書き込んだ。もちろん個人情報についての取り決めもした。そしてさっそく過去三年間の不良債権リストをアウトプットし、業者に委託した。