八.火の国まつり ⑤

 社長の決裁にはなぜか起案部署の早瀬が呼ばれず、柴田本部長が本社の会議に出席している時に、本部長の言葉によると「あっけなく決裁された」。部内だけでなく、本社内でもフリーダイアルを織田が決裁するとは誰も予想してなかったので驚きの声が出た。

 部下たちの早瀬を見る眼が変わってきた。

 また先に検討させていた外注化については、当面熊本市内で外部業者委託ということでこれも決裁された。相次ぐヒットで、部内ミーテイングは次第に活気が出てきたのである。

 そういった中、クレーム処理担当の社員が失踪するという事件があった。植木という二四才の若い男子社員である。彼のことは早瀬は良く覚えていた。部長として赴任したときの歓迎会の席上、舞台のすそでカラオケが始まり着物姿の女性が舞台に登場して踊り始めた。女性社員の多い場内では笑い声や拍手が巻き起こった。これは料亭のサービスかと思ってみていると、その踊り子が舞台から降りて早瀬の前まで進み、しなを作って座り、お酌をしてきた。(厚化粧の女性だな)と思いながらも(何か変だな)という気がしてよく見ると、男であった。早瀬がびっくりした顔をしたところ場内には拍手と歓声が巻き起こり、すかさず「踊り子」はすそを翻して舞台に戻った。拍手喝さいと笑い声のうちに踊りが終わったが、場内はまだ余韻で喧騒としていた。そこへ入金処理課の黒田課長がにやにやしながらお酌にやってきて、

「部長、もてますね。彼は対応課の植木といいまして、女装が趣味なんです。おかまという話も聞きますが、女性の多いウチでは人気もんです。仕事は良くやってますし、クレームの女性客には好評ということですよ」と事情を説明してくれた。

 それ以来植木の仕事振りをみているが、きついクレーム客にも臆することなく丁寧な話し方で対応していた。課長の評価も良かった。

 その植木がここ二日間無断欠勤していた。上司の細川課長が電話をして自宅に問い合わせると、母親が出てきて「大阪にちぃと行って来るとだけ言ったばってん」と、要領を得なかった。

 課長を玉名市の自宅に行かせて調べさせた。彼は四人兄弟(?)で姉三人の下である。父親は植木が生まれてまもなく事故で亡くなったという。つまり小さいときから母親と三人の姉という女性に囲まれて育ったというわけだ。結局植木は行方不明でそれ以上のことはわからなかった。本部長にもこのことを報告し、日ごろの管理の不行き届きを謝った。本部長は「それは君の責任ではないよ、そういうこともある」と了承され、一件落着となったが、早瀬にしてみればなかなかすっきりとはしなかった。