八.火の国まつり ④

 年間での業務の繁閑の差が激しいので、オペレーターの増員は認められなかったが、その代わりパートについては毎年契約更新しているので、その更新時に夜間勤務手当割り増しの条件をつけて、シフト勤務への了承を求めることになった。

 ただ、次回の更新月まで待てないので当面は学生アルバイトを採用せよということである。もちろん、急に六時以降の業務をすべてアルバイトに任せるというわけにもいかないので、既存の社員オペレーターには説明して了解してもらい、月二日乃至三日は夜間シフトを作り九時まで交代で勤務してもらうことになった。いよいよスタートである。

 次の課題は土曜と日曜の稼動である。

 サフィールでは全社員が土曜・日曜・祭日および正月・ゴールデンウィーク、そしてお盆に長期休暇制度があり、全社員が休んでいた。これに対して競合各社は日曜・祭日および正月だけ休みという所が多い。

 お客様からのクレームや要望には、こういった休みの日こそ通信販売のカタログをじっくり見て楽しみ、すぐに電話注文したいという意見が予てから多かった。顧客の中心は婦人で年齢層は三十代から六十代であり、この人たちはまだまだネットではなく電話や封書での注文が主力である。顧客よりも従業員を優先している姿勢が明らかであった。

 織田は創業期の頃から社員を大事にすることで知られており、有給休暇の取得も繁忙期を除いて、これまで殆ど制限が無かった。創業以来長期間、当社では電話注文よりもハガキや封書注文の方が多かったという事情もあった。社員としても夜遅くまでの勤務は避けたいという意識も働き、これまでは誰も受注時間拡大については提案しなかったのである。

 早瀬はこういった背景については聞かされていたが、お客様第一という観点から見直すことを提案した。顧客満足という点ではサフィール後進国であることを受注時間や休日など他社との比較表を作って示した。

 サフィールには労使対決的な労働組合は無かったが、土・日・祭日等への交代出勤はオペレーターからの抵抗がかなり予想された。次長に試算させると、土・日・祭日等への出勤となると、夜間勤務の実施もありその分平日昼間の出勤者がかなり減少し、平日の電話輻輳が激増することも予想された。しかし人員増は無理である。

 そこで土・日・祭日および長期休暇中は外注化することを検討させた。NTTの関連会社はじめ電話代行業者が全国にはかなりあったので、何社かの大手業者と交渉を進め、合わせてコストの安いネット受注の拡大策をマーケティング部に依頼した。

 さらに、前部長から引き継いだフリーダイアル採用の稟議書にも取り組んだ。フリーダイアルアメリカでは通販企業だけでなくメーカーや一般企業でもかなり広く採用されており、お客様サービスの一環として欠かすことができないものである。最近は日本でも多くの企業や商店が採用し、通販企業でも採用している会社が増えてきた。

 顧客対応部がこれまでこの稟議書提出をためらっていたのは、単純に考えると膨大な経費増につながるからである。現在封書で注文されているお客様が一斉にフリーダイアルを利用されると、それだけで年間利益が吹っ飛んでしまいそうな計算となった。

 その上、いまでさえ繁忙期には電話が通じないというクレームが多いのに、フリーダイアル化でこれ以上電話利用が増え、さらにお客さんが電話代を気にせず長電話をしだしたら、とても収拾がつかなくなることも予想された。

 早瀬は受注・問い合わせ業務の内容を細かく分析し、フリーダイアルの設定は当面受注専用にすることを考えた。企業の社会的責任から言えば、そして顧客サービスの観点からすると、クレームや問い合わせの電話こそフリーダイアル化すべきであろう。

 しかしそれでは決裁はおりそうに無かった。そこでまず売上げに結びつく受注業務でスタートし、状況を見てから次の段階で問い合わせ番号のフリーダイアル化を図ろうと考えた。

 受注電話の無料化によって封書から電話に切り替わる率は三割程度と想定した。あとの七割の顧客はまだまだ封書で注文されると考えたのである。その根拠には顧客が一回の注文で注文される点数は平均一五点という結果が出ており、これを電話でいちいち言うより考えながら、自分で確認しながら注文書に記入されるほうを顧客は好まれるだろうということ、日本の主婦は無料だからといって手当たり次第に電話をかけない「奥ゆかしさ」をまだ持っているのだろうということなどである。

 通販業界に詳しい知人に聞くと、フリーダイアル番号と従来の有料の番号の両方をカタログに載せても、有料番号での注文が思ったほどは減少していないということであった。

 これらの検討を加えて稟議書を何度も書きなおした後、本部長の了承を取って回付した。もちろんフリーダイアル化により受注件数が増えることも計算にいれている。

 協議先の意見としてマーケティング本部は経費の点は別として、受注増が見込めるのでスムーズに合意し、総合企画室もフリーダイアル化は競合上必要だとの意見を加えて社長に提出された。