八.火の国まつり ②

 サフィールのいいところは正月休みと盆休みがきちんと設けられていることである。スーパーでは最近、正月の元旦にも店を開けるからまさに年中無休で、全社員が同時に休むことはできず、盆休みというか夏休みも交替制である。しかも女子社員や一般社員(つまり労働組合員)優先で下手をすると管理職は取りそびれることもあった。

 サフィールの盆休みは三日間あり全社休業となる。その一斉の盆休みが終わって仕事が始まった。早瀬は赴任当初いくつか改善を指示したが、そのあとはそれ以上の改善を指示しなかった。余りに急激に改善を要求すると反発が予想されたのと、もっとじっくりと業務の流れを理解してからでもいいのではないかと思ったのである。この二ヶ月余り、その意味では成功であった。主な担当者の顔と名前を覚え、仕事の全体を理解できた。

 さて、しかしいつまでもこのままではいけないことは十分感じていた。とくに織田がじりじりしていることが堀の情報網からわかった。織田は管理職の仕事振りを稟議書の数で判断するところがある。

「君のところは最近仕事しとるのかね。稟議書が全く上がってこんじゃないか」

と言われたある部長は、数日のうちに異動させられた事例を知っている。管理職の間では『サフィールモグラ叩き』という言葉がひそかに言われている。ひょこっと首を出すとたたかれる。しかし首を出さないと無能呼ばわりされる!そして社長に合わすことが地位保全と出世のキーポイントだそうである。

 手をつけるべきことはあまりに多い。その優先順位を盆休みの期間中考えてきた。長期的な課題としては、オペレーターの再教育と外注化、お客様の立場に立ったクレーム処理、債権管理の効率化がある。またすぐに手をつけるべきことは、オペレーターによる受注可能時間の延長、渋滞電話の解消、債権回収率アップがある。その他早瀬がまだ気づいていない実務上の問題点もまだあるのではないかという感じがしていた。

 幹部とのミーテイングや個別に話した感触では、どうやらこの部は受け身的体質が充満しているようであった。社長から指示されたことを金科玉条として、何の疑問もなく守り行っている。江戸時代の百姓ではないが、言われたことだけしていればよいというのがモットーのようなムードである。ぬるま湯にとっぷりとつかって、なかなか出ようとはしない。まさにゆでガエル現象だ。いずれ熱湯で死んでしまうことに気づいていない。しかし何の準備もなしに、あまり急かしてぬるま湯から追い出して風邪を引かれても逆効果である。自分たちの職場の改善、自分たちの仕事がしやすくなるための改善、ひいてはお客様サービスにつながる改善を自分たちの手で考えるようにさせたい。マンモス時代にQCサークル活動をしたが、あのようにチーム毎に自分たちの課題を見つけ出して自主的に改善させるように持っていきたいと考えた。彼らに小さな成功を経験させて、自信を植え付けたいと思ったのである。