十.ベルト・コンベヤー ⑥

 機械も間違うし人間も。たとえ忍耐力と集中力のあるパートさんでも一日中集中力を続けることはできないのは当然である。コンベアが流れ出すとトイレにも行けないらしい。もちろんどうしてもというときには近くの男性社員に声をかけると代わってくれるとのことだが。だから配送部門では午前中に一五分の休憩、昼食休憩のあと午後三時にも一五分の休憩があるが、それでも立ち詰めでピッキングリストを見続けるのは大変であろう。ピッキングミスは起こるべきして起こるものだと感じた。

「そこで何とかミスを減らそうということで出荷検品を強化しています。その大きな切り札となっているのが重量チェックです。一注文ごとの重さ(箱の重量やパンフレット類も含めて)はすぐにつかめますので、コンピューターで自動的に重さで照合する仕組みです。照合して重量がマッチしないときは箱ごと検査ラインに流れていくようにしています。入れ忘れやカラの箱はここですぐに判明するようになりました」

 しかしここでも問題が発生した。同じ重さのものはパスしてしまうのである。偶然同じ重さである場合もあるが、多いのはカラー間違いである。色違いであれば重さは同じだ。

 そこでやむなく抜き取り検査も実施するようになったとのことだ。検査係にはパートさん三人を配置し梱包前にランダムに抜き取って商品一点ずつカラーも含めて確認作業をしている様子を見た。これは手間であるなと感じた。しかしこれだけやっても出荷ミスに対するクレームはなくならないのが現実だ。

 しかし早瀬は物流本部内を見て、この無駄の無い仕組みに感銘を受けたのである。

たとえば、外部からの見学者はピッキングラインを見てそこに従事する人の多さに驚き、「まさに人海戦術ですね。なぜ機械化しないのですか」という質問を必ずするらしい。それに対してガイド役の広報課社員は織田の言葉を伝えるとのことだ。

「人件費のことを考えると機械化すればいいと思うでしょうが、機械にはわが社のパートさんのようなスピードでピッキングはまだ無理なんです。機械の購入費・設置費、電力代そして償却費等を合計したのと、従事するパートさんの社会保険も含んだ人件費を合計して、ピッキング1件にかかるコストを比較したら圧倒的に人手のほうが安いんです。なんでも機械化すればいいってものではないんです。人の能力は無限だというのが私の持論です」

 開封係リやピッキング係りの仕事ぶりを見ると、織田の言うことは当たっていると早瀬は頭が下がる思いであった。スーパー業界で高収益企業といわれるイトーヨーカードーは業界では「人海戦術」の店づくりをしているといわれているが、人の能力を生かした企業は強いのであろう。織田のこの効率重視というか実質重視という精神は物流センターの隅々にまで浸透しているのにも気づいた。そして自分に任された顧客対応部は人の能力を十分使っているか、効率面ではどうだろうか・・・、反省した。

 今月はピーク時期を過ぎて少しずつ注文電話の件数が減ってきている。オペレーター以外はQC活動をしているので全員が暇というわけではないが、二百人以上のオペレーターをフルに活用することを考えなければならない。効率重視の会社の中で顧客対応部のみが楽園でいて良いわけがない。

これまでは閑散期対策として、パートさんには積極的に有給休暇をとってもらったり、また年末調整の関係で年間収入を抑えたい人には、この閑散期に勤務時間調整をしてもらっていた。

 ところが正社員には勤務時間が決まっているので早く帰れとは言えない。そこで出荷作業や入力作業など物流本部内各部署の要請に応じて、またはこちらからお願いして「応援」勤務をさせてきていた。これらの方策で、室内では見た目には遊んでいるオペレーターがいない状態作りができていた。しかし実態を見ると必要以上に休みを取らせていたり、また応援に出しても閑散期はそちらの部署でも暇なことが多く、そう仕事があるわけではないようであった。

 早瀬はこの状態では繁忙期の人員増どころか、いずれいまよりも人員カットを要請される可能性があると感じていた。いまは売り上げがよいのでなんともいわれないが、もし会社の収益が低下するようなことにでもなったら、まず最初に手をつけるところは最大の経費である人員カットであるに違いなく、そしてその対象はこの部署がまず最初になるであろうと確信した。

 オペレーターにいかに働いてもらうか、そして売り上げに貢献できることは、と考えるとやはりアウトバウンドの実施しか思い浮かばなかった。インバウンドとアウトバウンドという言葉があるが、お客様からの電話を受けるのがインバウンド、これに対して会社の側からお客様に商品のご案内など働きかけることをアウトバウンドというようだ。

 暇な時期や時間帯にはオペレーターが当社のお得意客に商品のご案内、はっきり言うと商品を買っていただく電話をこちらからするのである。しかしこれはもし実施するとなると猛反発が予想された。受注時間の延長どころではないであろう。十分準備をしてかかる必要がある。商品教育が必要だし、できれば商品の現物も見せたいし、セールストークも開発してそれを使えばどのオペレーターでも、ある程度の売り上げにつながるようなものも欲しい。

 そこでアウトバウンドを正式にスタートする前の段階として、ご注文電話があったときにお客様の購買履歴を見ながら少しでもよいから「こういった商品もございますよ」と、押し付けにならない程度に少しずつご案内するということをしてはどうかと考えていた。当社のお客様はフアンが多いので大きなクレームにつながるような事態は起こらないだろうが、押し付けすぎて逆に客離れを招いていては本末転倒である。このアウトバウンドは自分自身の課題として他社の例も探しながら検討していくことにした。