九.コンクール ②
「創業のころ、クレームをよく読んで商品を改善し新しい商品づくりをしたものだが、それがいまのサフィールにつながっているんだ。お客様の声を大事にし、一人ひとりのご意見に基づく商品やサービスの改善をしていかないとウチの会社はすぐにだめになるぞ」
「はい。十分気をつけて取り扱うようにします」
このときの織田の目つきを思い出しながら、クレームこそ会社を改善させるもとになるという気持ちをいっそう強くした。
そこでクレームについては要約や集計処理したものを見せるだけでなく特徴的な事例を抜き出して、お客さんの書いたそのままをコピーしてB4用紙に切り貼りさせることにした。切り貼りさせたのは、顧客対応部で手を加えていないということを示し、またナマのままだと臨場感が出るためである。書かれた筆跡そのままの状態を見せることによりお客様の訴えが直接社員に伝わるのではないかと考えたのだ。
「タイトルはどうしましょうか」対応課の細川が頭をかしげながら近寄ってきた。
「そのものズバリで、そうだな『今月のクレーム』とか、『お客様の声』なんかどうかな」
「『お客様の声』がいいと思いますね。『今月のクレーム』は少しきつすぎる感じがします」
「じゃーそうしょうか」
同じようなクレームがあれば重大だし、例え一件でも内容によっては重大だと細川に指示した。ただ、漫然とクレームを集めても仕方がないので、商品毎にまたはテーマや内容毎に毎月特集する形式をとった。
それを月報のかたちにして社長はじめ全役員、全部署に配布し始めた。
「前回下着を購入したのですが、縫い目がほころびていて身につけることが出来ませんでした。返品日数も過ぎてしまったのでどうしょうもないのが残念です』(山形県・S田様)
「パンティの前のリボンの位置が曲がっていました。とても気分が悪いものです」(静岡県・M崎様)
この効果は予想外に大きく、それまでは各部署で内々に処理していたものが全社に公表されたので、各部とも真剣にクレーム解消に努めてくれるようになった。もちろん全員が賛成というわけではなく、何人かのバイヤーからいやみを言われたこともあった。
中には、「自分のところは頬かむりできていいじゃなか」と細川に電話してきたものもいたようだった。そこで公平を期すために、自部署に対するクレームも隠さずに特集として出すよう指示をした。
「今回初めて注文させていただきましたが、電話の向こうでオペレーターの方がいらいらしているのが良くわかりました。初めてで、どう言っていいかわからずまごまごしていたからだと思いますが、悪い印象を受けました。顔が見えない分、声は大切だと思います』(島根県・H瀬様)
「出荷ミスのため電話で問い合わせたら、電話の担当者の話し方がとても不親切でいやな思いをしました』(高知県・Y田様)
自分の部内においても電話の応対以外にクレーム処理や入金関係でたくさん問題があるのに、他の部にばかり改善要請していてはだめだ、ということで部内業務の改善活動を始めることにした。その手法としてはQCサークル活動を早瀬は思いついたのである。
QCサークルについては、スーパーのマンモス時代に全社的に華々しくQCサークルがキックオフしたことがあり、そのときに「QCサークルとは」という管理職向けのリーダー教育や一般向けの講習会があった。しかし実際のところ早瀬自身がリーダーもしくはメンバーとして参加したことはなかったので、できるかどうか不安が先立った。そこでもう一度勉強することにした。
早瀬の自宅の押入れには引越しのときのままに置いているダンボール箱が三箱ある。そのどれかに入っているはずだというかすかな記憶で引っ掻き回して、ダニに刺されながらやっとマンモス時代のQCサークルのテキストを探し出すことができた。
閑散月の二月に始めませんかという課長の声もあったが、お客様へのクレームを一件でも早く減らすためには一刻の猶予も無いと説得して、受注がすこし落ち着く一〇月からスタートすることにした。といってもオペレーターも含めて二〇〇人以上もいるので全員で行うのは無理なので、入金処理課全員と対応課の中のクレーム担当の男性社員、合計四〇人ほどで先行的に実施することにした。