九.コンクール ③
一方、オペレーターにはモラールを上げて目標を持たせる意味で「全日本電話応対コンクール」への参加を、受注課の課長や係長、主任を集めて諮った。このコンクールの存在はマンモス時代に新聞記事で読んだことがあり、今でも開催されているか不安であったが、NTTに問い合わせてその実施機関を紹介され確認した。コンクールは簡単に言えば電話応対の優劣を競うものである。参加しているのはデパートや商社、メーカーなど幅広く、会社のPRだけでなく社員教育の一環としても参加させているようであった。
QCにしろコンクールにしろ、本人たちのやる気がなければとても出来ないし、それ以上に主任クラスや係長の協力と熱意がなければ絵に描いた餅になってしまう。だから時間をかけて彼・彼女ら管理監督層に話し込んでいった。
新しいことに対する不安や恐れのあるのは当然である。
大きな反発を予期したが、幸い、早瀬が来てから部内が活性化され、いろいろと改善してきているので彼・彼女らの表面的な反発もなく比較的に容易に同意してくれた。ここでも黒田課長の積極的な支持発言が全体を導いてくれた。
九月からは管理職は交代で遅番勤務となっていた。早瀬の場合は部長で責任者ということもあり早番や遅番というシフトには入らなかったが、次長が残る日は少し残ってから先に帰り、次長が早く帰る日は最後まで残るという勤務をしていた。
アメリカのビジネスマンは金曜日のことをTGIF(サンクゴッド イッツ フライデー)というらしいが、今日は次長が遅番なので早瀬は久しぶりに堀を呼び出して街へ飲みにいこうと思った。このところの多忙で一息入れたかったし、本社の情報も仕入れてみたかったのである。
「部長、部長からのお誘いは初めてですね」
「そうだったかな。いやね、九月からいろいろと新しいことをしてきたので大分疲れがたまってね。ひさしぶりに堀先生のご高説でも拝聴して勉強しようと思ってね」
「なにをおっしゃる。しかしうれしいですね」
「で、どうだい本社のほうは。このところ本社に行く機会がめっきり減って、情報断絶、島流し状態と思うこともあるよ」
「島流しとはオーバーですよ。ウチのほうもこのところ休眠客対策やディスカウント・チラシ作りなどが重なって大忙しって所ですが。社長は相変わらずカッカされているようですよ」
「この秋物は順調だからご機嫌がいいと思っていたんだけどね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、例の片山常務の件、どうして期の途中でやめたのかい。社長のお気に入りと思っていたけど」
「いえ、実はですね、こればかしはほとんどの社員が知らないことですが・・・」と言いかけてビールを飲み、焼き鳥をほおばった。
「なんだい、もったいぶらずに早く言えよ」
「片山常務は銀行出身で去年入社されたでしょ。それが経歴詐称だったとか言うんですよ」
「経歴詐称? 履歴書の記載が間違っていたってことかい」
「平たく言えばそうですがね。銀行では部長であったとか言う話で、それを信用して常務としてきていただいた。ところがその後の情報では、片山さんは課長だったらしいんですよ。それを銀行がうちの会社に推挙するときに部長という肩書きにしたって言うんですよね」
「警官の殉職で1階級特進というのがあるが、肩書きをよくしたほうが見栄えがして入社後の待遇に直結するからという銀行の親心だろうな」
「それがばれたんですよ。多分もとの銀行の同僚か誰かの妬みでの情報だという噂ですがね」
「社長はそういう詐称ってのは嫌うだろうな。しかし大手都市銀行はそんなことしているのかい。しかしうちの会社を馬鹿にしたようなやり方だね」
「それで、本人を呼んで激怒されたそうですよ。辞表を書けって。経理にもその銀行との取引停止だと指示したようです。で、銀行の偉いさんが飛んできて平謝りってことですが、結局本人はやめてもらい、取引は1年間休止ということで決着がついたようです」
「そういう背景か、なるほど。油断できないな。君は大丈夫かい」
「な~んとおっしゃる」
「悪い悪い、冗談だよ」
「それともう一つ面白いことがありましてね」