九.コンクール ④

「まだあるのか」

「役員の入れ替えがこの前あったでしょう」

「担当部門が入れ替わったってやつだろう」

「あれも裏話がありまして」

「え~、裏があるのか」

「総務担当役員の加古さんが人事本部のことで上申書を出したようですよ」

「上申書? 態(てい)のいい投書じゃないのか」

「そうですよね、実際は。人事本部の仕事について改善案を書いて出したらしいですよ」

「他本部の改善案を出すとは勇気あるな。自分の本部についてよっぽど自信がないとそんなことできそうにないな」

「そうです。で、その結果、役員入れ替わりってことですよ」

「それはショック療法だな。問題があると指摘した本人をその部署の責任者にするというのは。加古さんはよほど新しい部署でしっかりやらないと自分の首につながりかねないな。それにしても社長のされることはわれわれの常識を超えてるね」

「もうひとつ、ウチの部の牟礼さんの事件をご存知ですか」

「牟礼って、途中入社の元気のいい女性だったね。しかしお宅の部の最近のことは知らないな」

「冷たい言い方ですね。それがですね、彼女はいま新規顧客獲得や休眠顧客対策のチラシ作りを担当しているのですがね、八月の終わりごろに社長が部内にいらっしゃったときに彼女が在庫処分チラシの試刷りをいじくっているのを目にしましてね、『九月のチラシにポロシャツ載せても売れないだろうが』とおっしゃったんです。ところが牟礼が黙っていればいいものを、なんと『ポロシャツはヤングの間では通年商品ですので、九月でも十分売れます』と言ってしまったんですよ」

「へー、よく言ったもんだな。それでどうなった」

「社長は激怒されましてね、そばにいた課長を怒鳴ったあと、すぐに部屋を出て行かれましたよ」

「そんなこと女性に言い返されたのは、社長は初めてじゃないかな。もっとも男性の社員からでも言われたことはないと思うが。しかし彼女のその後が心配だな」

「課長と心配してましたら、そのあとすぐに部長が社長室に呼ばれてかなり叱られたそうです。彼女は物流送りになるか、管理不行き届きってことでわれわれにお咎めがあるかもって心配していたんですが、結局いままでのところ何もなしです」

「男だったら翌日、物流だな、それは」

「さすがの社長も女性には弱いんでしょうかね」

「彼女もなかなか言うじゃないか。ポロシャツが通年商品っていうのはそのとおりだとは思うけどね。それでそのチラシはそのまま出したのかい」

「もう印刷手配済みで日程の余裕が無いということで、部長が社長にお願いして何とかそのままで出しました」

「それで、そのポロシャツの売れ行きはどう?」

「それが売れましてね、牟礼さんは叱られたことを忘れて『自分の意見を社長に言えない会社なんですか』なんて課長に言ってましたよ」

「そうだよな。自由に意見の出せるもっとオープンな会社であるべきだな。ある商品部の部長が『ほかの人の話は聞かんでもよか、社長のいわれることだけ聞け』と部内で大声出していたというが・・・」

「商品については他にもありましてね」