九.コンクール ⑤
「まだあるのかい、何だ」
「社長が商品部に回って来たときにマネキンにかかっていた秋冬カタログのプルオーバーをご覧になって『これはいいだろう、売れるぞ』といわれたようなんですがね」
「担当者は反論せずに黙っていたので事なきを得たようなんですが、これは部内の女子社員からデザインがよくないと不評の代物で」
「しかし、デザインが悪いったってアウター関係は東京のデザイナーからの提案が多いんだろう?」
「開発したバイヤーに聞くと、もとのデザインを社長指示で変更したといっていましたよ。ということでバイヤーが『さて売れるかどうか、そのうち数字でわかりますから』なんて妙な自信ありげな言い方してましたよ。お客さんがどう判断するか、楽しみですね」堀はよく食べる。
「それは面白いな、明日、受注状況を見てみよう。そうそう、そのファッションのことなんだけど、実はね、こちらに来たある会社の営業マンと親しくなってね。彼がこんなことを言っていたよ」
「物流本部にも営業マンが行くんですか」
「品質管理の件だったらしいが、彼はある有名なアパレル企業の人間でね。以前に私がマンモスの店にいたときに顔を知っていたんだけど、そのときはたしか平社員だったように思うが、いまは課長になったとかいっていたな。その彼と偶然、品質管理部の近くで会ってね」
「偶然ですか、面白いもんですね」
「熊本泊まりだというので、彼と飲みにいったんだが、酔ってきたときにひょっとこんなことを言い出してびっくりしたよ」
「面白そうですね、いったい何ですか。『姐さん、ショーチュー水割り!』」
堀は目の前の皿の料理を次々と平らげ、ジョッキを飲み干すと焼酎を注文していた。焼酎のお変わりがあと二回続くと酔ってくるぞと早瀬は予感した。
「彼のいうには、サフィールには大変申し訳ないんだけど、地方にはあまり最新のいい商品を流していないっていうんだよ。それは彼の会社だけでなく大手ファッションメーカーも同じというんだね」
「失礼ですね。しかしそれがウチの会社とどう関係があるんですか」
「ほらほら、社長が下通りやデパートへよく行って商品を試買されているだろう?」
「そうですね。創業のころからよく街へ行っては、いい商品があると参考にするんだとかおっしゃって買ってこられてますね」
「それが問題なんだよ。社長はほとんど東京出張もしなくて、社長のファッション商品の知識はファッション雑誌と地元商店街、それも下通りとデパートでの見聞に限られているわけだ」
「そういえばそうですね。しかし以前は社長は東京へ毎月何度も行かれてましたね。そんで、いかれたらよく原宿とか渋谷を歩いていらっしゃったようですが、最近は出張されても日帰りですしあまり東京では出歩いていないようですたい」
「ウチの会社のカタログ掲載商品はすべて社長がチェックされていて、社長の目に適わないと没になるんだが、ということはうちのファッション商品の掲載基準の源は下通りとデパートってことになるな」
「そうたい。そういうことになりますね」
「ところがメーカーの課長が言うことには、東京や神戸・大阪での売れ筋は地方では売れないっていうんだ。地方向けは地味なものをって言うんで驚いたよ。彼は知り合いのベビー・子供服メーカーの担当者が言っていたことも紹介してくれたよ。『神戸・大阪で売れる色は緑系統の色だったが地方では赤系統だった』とか。九州でも博多にはまだいい商品が流れると言ってはいたがね」
「それでおなご達はバスに乗って博多に行っとるたい。しかし失礼な話しじゃなかと」
「まったくだね」