九.コンクール ⑥

「つまり、ウチのカタログ掲載商品は社長の目にかなう商品、その社長は地方向け商品を見て目を養っていると・・・・」

「だからウチのアウターウエア商品は同じような地方ではよく売れるが、都会ではあまり売れないとバイヤーが言ってたのを聞いたことがあるが、そういう背景があるとはね。下着類は絶好調だけど。おっと、これは危険な発言だな」早瀬は思わず周りを見回した。両隣は空席でその向こうにはアベックがいて、話に夢中のようだ。

「なるほど。そういうわけたい」

「裸の王様ってことになりかねないな」

「それはばってん、問題じゃなかと」

「堀君、社長に申し上げてくれんか」

「滅相もなか、私らの一家を路頭に迷わせるつもりたい」

「会社の発展のためだぞ」

「めっそうもなか、ひきおうたこつじゃなか」

「しかし、本当に問題だな」

武田晴信が父親を追放した気持ちがわかりますたい」

「お、武田信玄が出てきたな」と言いながらもなんで晴信と関係があるのか、少し酔っていい気分になってきた早瀬にはぴんと来なかった。

「牟礼が言いたかことも、これでわかる気がすっと。ばってん、部長はよく本を読んでるようたい。この前お伺いしたとき、廊下にまで本棚が置かれていたと、満杯たい」

「スーパーに居た時から仕事に関連する本はよく読んできたね。新入社員教育のときに、講師で来ていた教育コンサルタントが『これからはスーパーの時代が始まる。君たちは時代の先端を行き、小売業をこれから引っ張っていかねばならない。もちろん会社内でもスペシャリストになる努力が必要だ。そのスペシャリストになるためには三種類の本を読んでいくことを強くお勧めする。一つは今後配属された部署に関する専門書。その分野の専門家になるくらいに勉強しないといけない。もう一つはスーパーや小売業界全体に関する勉強。小売業をリードするスーパーの社員として、小売業界についての広い知識が幹部になるためには必要だ。そして最後の一つは経営の知識だ。店長は店を自分の店と思って経営しなければ成果は上がらない。そして将来会社を担う人材も君たちの中から出ると思うがそのときのためにも経営についての勉強が求められることになる』なんてことをしつこく言われたね」

「よく覚えてなはる。それを実践されちょるたい」

「実践なんてとてもとても。しかし本はよく読んだほうだと思うね」

「部長は引越しがたいへん多かったらしかと。ばってん本が多いと重いし、引越しは大変でっしょ」

「そうなんだよ。熊本から出たことの無い人にはわからないだろうが、実に大変だったよ」

「そげな人を馬鹿にした言い方はやめんなせ。熊本から出なくったって引越しぐらいしとるたい。むぞか。姐さんお替り」

「君、何度お替りしているんだい、大分酔ってきているぞ。熊本弁丸出したい。俺にもうつりそうたい。ま、それでね、引越し先が狭いときにはやむなく図書館に持って行って処分をお願いしたこともあるし、古本屋に持って行って売ったこともあるし、そうそうブックオフにも持って行ったことが有るけど、これは最後の手段だろうね」

「何ですたい、最後の手段って」

「あそこは古本の売買に関するビジネスモデルを打ち立てて成功して全国チェーンになったぐらいだから、儲ける仕組み、儲かる仕組みができているね。新刊書だと定価の一割で買い取ってくれるが、古いと一〇円とか五円くらい、もっと古いと『これは買取できませんが、こちらで処分しましょうか』と言われてしまう」

「そんなに安かと」

「定価の一割で買った本を定価の半額プラス消費税、つまり二〇〇〇円の本だと二〇〇円で買い取り、一〇五〇円で販売というわけさ。一〇円で引き取っても場合によっては数百円で売ったりしているようだし、最後には百五円均一コーナーで売っているが、それでも九〇円近い儲けだ」

「なるほど、儲かるたい」

「しかもこのルールは簡単明瞭だからアルバイトでも買取できる。ただ、こちらとして残念なのは本の価値を評価してくれないということだな」

「本の価値、と」

「少し古い本でも内容が非常にいいものがあるんだが、従来からの古本屋さんでは目利きのご主人がいて中身によっては、たとえば初版本などは高く買い取ってくれることも多いんだが、ブックオフはシステムだから中身は一切関係なしさ。だから持って行って一〇円などという評価だと悔しい思いをしたことも何度もあったな。人間の心理として処分する目的で持っていったのを持ち帰りたくないという気持ちもあってね」

「そうたい。なるほど」

「そこで最近やっているのがオークションでの販売さ」

「オークションで本を売ってなはっと」

「これは就業規則に違反しないだろうけど、オークションは手間はかかるが一種の面白みもあるしね」

「面白かね」

「いくらで売れるかというのも面白いし。だいたいブックオフなら一〇円か一〇〇円かせいぜい二〇〇円程度だけど本によっては定価の半額で売れたり安くても数百円で売れるし」

ブックオフよりよっぽどよかたい」

「問題は手間と面倒、それとそう次々とは売れないってことだな。ちょうどその本を読みたい人がいてオークションの掲示を見てくれたら売れるが、売価にしても買い手負担の送料と振り込み料などを考えると合計金額で本屋で買うよりもある程度安くしないとね」

「そりゃそうたい。落札代金と送料と振り込み手数料を合計していくらかってことでっしょ」

「本が二センチまでの薄さならメール便で全国百六十円という送料だし、振り込み手数料は安い手段だと一〇〇円くらいだけど、それでも気になる人には切手での送付でも可ってことにしてるんだがね」

「それなら総額が安くなると。部長も通販会社にいるだけのこたぁ、あるたい」

「何言ってんだよ、常識だよ。まったく赤い顔をして。よくそれだけ飲むな。割り勘だよ」

「むねんわるか。てっきり部長のお誘いばってん、部長もちと思ってたと。そんならもっと早くいわっしゃい」

「いいよいいよ。俺のお誘いだから」