七.足の細い女 ③

 「早瀬部長、ここでは毎朝八時五〇分より部内朝礼をしています。一〇時からは部内幹部ミーテイングもありますが、これは継続でよろしいでしょうか」斉藤が立ちあがって声をかけてきた。(真弓とは違った魅力のある女性だな、イカイカン、変なことを考えては・・・)

「はい、そうですね。部内朝礼はどういう形でしているんですか」丁寧な口調で聞いた。

「八時五〇分に物流本部全体でラジオ体操をして、これはスピーカーで流れてきます。そのあと部の全員が中央に集まって朝礼をします。ここでは普通は部長または石川次長のお話、本社からの連絡事項・通達、各部の全体に関係あることの連絡事項等を伝えて、その後発声練習をして終わりです」

「発声練習か、さすがだな」

「明日は早瀬部長のご紹介と、ご挨拶をお願いしたいのですが」

「ご紹介はどなたがするの?」ちょっとふざけて言ったところ、斉藤はニコリともせずに早瀬の顔を見つめた。

(おふざけは禁物か、これは来た早々しまった)と反省。

「はい、石川次長にお願いしたいと思いますが」あれ、石川次長とはまだ会っていないな、そう思ったのを見透かしたように斉藤が言った。

「石川次長は今日はお休みされています」申し訳なさそうな顔をした。

「・・・」俺の大事な着任日に、引継ぎ日に休むとは、これは腹に一物の部類かと考えたのもまた見透かされたようで、

「次長がお詫びされていました。以前から申請していたお休みで、どうしても外すわけに行かないということでした」と先に言われてしまった。

「そう、わかりました」斉藤は頭がよさそうだ。

「全体の朝礼が終わった後は、各課に分かれて再度朝礼をします。各課では課内の連絡事項中心ですぐ終わります」

「それじゃ、今日は最初だから午後に皆さんの都合の良いときにでも、幹部ミーテイングというより顔合わせ会をしようか。次長はいないけど、今日やっていた方がいいと思うんだが」

「わかりました。各課の都合を聞いて時間を調整してご報告します」

 早瀬は、この女性は役に立つなと安心した。窓際の下にはマーケティング部で自ら梱包した書類等の入ったダンボール箱が、届けられ置かれていたので、箱を空けながら考えた。

 かすかにベルが鳴っている感じがして時計を見ると十二時である。

(そうかこの部屋は電話作業をしているからベルは鳴らないようにしているんだな、なるほど)

 一人で頷いて室内を見ると、早番のオペレーター達が立ちあがっているのが見えた。オペレーターは一〇人毎に班を作り、班にはリーダーがいる。早番遅番はその班単位で実施している。

 オペレーター達が立ちあがりながらこちらを見ている気がして、早瀬も視線を向けた。彼女達は早瀬の視線と重なると、ぱっと目をそむけたり伏せたりして出ていった。

(多分昼食を取りながら格好の餌食になるだろうな。さて第一印象は合格したかどうか・・・) 

 早瀬も立ち上がった。

「部長、食事はこの上の四階の休憩室兼社員食堂です。弁当方式で予約制ですので、今日の分は私が勝手に選んで注文しておきました。お気に召さないかも知れませんが」

「いえいえ、それはありがとう。気が利くね」本気でそう思った。

(どうも気の利いた賢い女性に引かれるところがあるのかもしれない。危ない危ない)

 早瀬は自戒。

「休憩室に入りましたら、カウンター上の表示板で『A幕の内』と表示されたところへ行って・・・」そのとき、以前から仕事の関係で顔見知りの黒田課長が近寄ってきて、声をかけてきた。

「部長、どうも。斉藤さんいいよ、僕がお連れするから」斉藤はうなずいて「課長、よろしくお願いします」と言い、一礼して座った。

 初日は無事終了した。