十一.クレームの秋 ①

 QCサークルの進捗状況は初めてにしては順調で、各グループとも課題解決に向けてデータ―を集め討議し、さらに補足的なデータを集めていた。中には全く行き詰まっているグループもあったので、早瀬が入りこんでリーダーを助けることもしている。

 本部長に進捗状況を報告すると、大手繊維メーカー出身の本部長はQCにもかなり理解があり身を乗り出すように話を聞いてくれ、ぜひとも成果の発表会をするようにとの指示が出た。さらに部内発表会の後、物流本部の幹部対象にいいのを三グループほど見せてくれという指示も出されたのである。

 内々というわけではないが部内で内輪に進めているつもりが、本部長から積極的な指示を受け、これでまた早瀬は忙しくなった。始めてQCサークルをするとはいえ、本部長や幹部に見せるとなるといいかげんなものでは物笑いになり、それが今後の部内活動のネックにつながりかねない。といって、部下のしりをたたいて成果を上げるように、ということを強く言うのは控えていた。基本はあくまでも自主的なものだと思うからである。

 

 QCのグループごとの進捗状況の差が出てきているのをどうするかと悩んでいたとき、

「部長、大変です。ミキサーで指を切ったというクレームが来ました」

次長が青ざめた顔をして小走りにやってきた。

「何だって」

「雑貨カタログ掲載の新商品、簡易ミキサーですが、箱に入っているので箱のふたを開けて取り出すときに指を切ったということです」

「傷の程度は」

「担当者から私が引き継ぎましてよく聞きますと、電話に出られたのはご主人でして傷をしたのは奥さんとのことです。ご主人の説明では奥さんが中指の先を少し切った程度でたいしたことはないが、ご本人つまり奥さんは血を見てびっくりして大騒ぎになったということです」

「それでは傷の程度がはっきりしないな。血が相当出ていたから大騒ぎになったんだろうが」

「私のほうですぐにご主人に病院へ行ってくださるようにお願いしました。もちろんその費用はこちらで負担する旨を伝えましたが、ご主人は快く了承されました」

「その対応をしっかりしないと、いまはご主人も鷹揚にされているが、その後ちょっとしたことでこじれると大きなクレームになるぞ。ご住所やお名前など必要なことをお聞きしているんだな」

「はい、すべて確認しております。お客様の購買履歴も揃えていますが、その商品は1週間前にご注文のあったものです」

「それで現物はどんな商品だい?」

『出荷棟へ部下を行かせていまして現品を持ってくるように指示しています。もうじき帰ってくると思います」

「そうか。まず現品確認だな。場合によったらその商品は出荷停止としなければ。それとすでに買われたお客様の人数とそのリストアップをしてくれんか」

「はい」と答えた次長は、すぐに対応課の細川課長を呼んで指示した。

 そこへ現品を手にした社員が帰ってきた。周囲の課長連中が集まってきた。

「どれどれ」早瀬はミキサーを机の上に置いた。電動式ではなく手で動かす簡易なものであった。箱の上部を開けて中を覗くとミキサーの内部が空洞になっている。よく見るとその奥にミキサーの刃が見えた。

「おいおい、これは何だ。刃がそのまま見えているじゃないか。これじゃ箱を開けて手を入れるとそのまま刃で指を切るぞ」

 次長に見せると、次長も「これは」と絶句した。

「これは出荷停止だ。それとこれまでの購入者に全員電話して、開封されていたら問題はなかったか、まだ開封していないようだったら箱を開けるときにご注意くださいとまず連絡しなさい。すぐに」

「該当商品購入者は新カタログの配布を始めて二週間しかたっていないので六人でした。すぐにそのお客様全員に電話させます」次長は課長に指示して、クレーム担当の男性社員が取り掛かった。

 早瀬は物流本部長に現品を持って行き、説明し出荷停止措置をとってもらった。社長には本部長がその場で電話報告したが、「現品を持って商品本部長と該当商品部長、商品課長は社長室に集まるように」との指示があった。

 その後の経過報告では、まずお客様は病院に行ったところ二針縫う怪我であったが、骨には達していないとのこと。商品部からメーカーに連絡が行き、メーカーの総務部長が客宅へ訪問しお詫びをして、了承された。もちろんサフィールからも丁寧な手紙とお詫びの品を送り、治療費等の支払の確認をした。