十.ベルト・コンベヤー ③

 地方にしては時間給が高いのでパート希望者にとってサフィールは人気がある会社であり、その中でも開封作業は座ってできる軽作業ということで希望者は多い。しかも最も退職者の少ないのがこの職場であった。少ないとはいってもパートタイマーの主婦は主人の転勤や家庭の事情等でやむなく退職者が出るので、その補充採用は年数回行われていた。この軽作業については好不況期にかかわらず、たちまち応募者が殺到する。そしてユニークなのは、この応募者を選考する「入社試験」は最初に人事課による面接があり、筆記試験なし、いわゆる性格検査なしであるが、しかし唯一重要な「適性検査」試験が課されているのだ。

「応募者は五人から一〇人単位にされて、試験会場というか会議室にその単位で呼ばれます。一列に並んだ会議机の前に横にズラリと座ってもらって、その机の上には注文書の入った封筒が一〇〇通ずつきちんと置いています。応募者一人ひとりの折りたたみいすの横には大きなゴミ袋が机の手前の端にテープで貼り付けられてるんです。後ろには両手にストップウオッチを持った社員が受験者二人に一人の割で立っています。つまり受験者が一〇人だと五人の社員が後ろにいるわけですね」

「最初に人事の担当者が開封済みの封筒を手にとって、いまからする作業を説明します。封筒を一つ手にとって中身を取り出し、不要になった封筒は左手でゴミ袋に投入し、取り出した注文書は裏表をみて表にし、注文書の上下をあわせて机の前方に置きます。『このような簡単な作業をいまから十分間でしていただきます。早く終わった人は右手をあげて合図してください』という説明をして、実際に担当者が実演して見せるんです」

「へ~、それが試験ですか」早瀬は驚いた。そういえば自分の入社試験も面接だけという、これだけの企業にしては型破りであったことを思いだした。

「ヨーイ、はじめ」でスタート。全員のタイムを図りその処理速度が速く正確な人から採用となるという。学歴も性格も何も関係なし。単に手の速い人だけを採用する目的に特化している。

「この試験をすると会社も儲けるんですよ。その分、タダで開封作業ができますからね」

「一挙両得というか一石二鳥と言うか、面白いことを考えたもんですね」

 そういった手の速い人が揃えられた開封係りは、朝出勤するとまず自分の席の横にゴミ袋をガムテープで取り付ける。

 なぜゴミ箱でなくごみ袋か。ゴミ箱は隣の人との間で邪魔になり、移動しやすい。そしてそのサイズに限界がある。そして就業後にゴミ箱からごみ袋を取り出す手間がある。それに比べてゴミ袋を作業テーブルの自席の横に二ケ所貼り付けるのは、見た目はきれいではないが容量たっぷりでいつもその場所にあり終業後、テープをはずせばそのままゴミ台車に乗せられる。ここにも効率があるのだ。

 机の上には若い男性社員が早めに出勤して、すでに開封した封筒をパートさんの作業机に目分量で同じ高さになるようにして置いている。朝礼が終わり九時の始業ベルがなると彼女たちはいっせいに注文書取り出し作業にとりかかるのである。早瀬が横で見ていると、その手の速さは見ていて驚くほどであった。

『時間給一〇〇〇円のパートさんがたとえば雑談しながらとろとろと開封作業をして極端な話、一時間に一〇〇通の開封をしたとするとその開封直接コストは一通当たり一〇円になります。できるだけ安く商品を販売するために努力しているうちの会社にとっては、この最初の段階で一注文につき一〇円のコストは非常に高いものにつきます。そこでもしこのパートさんが一時間に一〇〇〇通の開封作業をすれば一通当たり一円となります。一秒に一通処理すれば三六〇〇通となり、一通当たり〇.三円となります。だから手の速い人でないとコストが高くつくんです」

 まさに開封作業のコスト削減は手の速さにかかっているのである。実際に開封しているパートさんたちは一秒に数通の処理をしているとのことだが、本当に速い。

「パートさんの目を見てください。目が点になってますよ」

 彼女らの作業を見た人たちが口を合わせていう言葉らしいが、まさにその言葉とおり、目を一点にして視野の中で作業をしている様子であった。