四.ブロード・キャスティング ⑥

「早瀬君、在庫処分チラシは順調に進んでいるかね」

  いつものようにぶらりと部屋に入ってきた織田は、早瀬の顔を見るなり声をかけてきた。   

 一般に、物事を達成すると脳からエンドルフィンが放出されるという。このエンドルフィンは満足感と恍惚感を与える作用があり、幸せで穏やかな気持ちになると同時に、創造性が刺激されるとも言われている。花好きな人が自分の庭の花木の成長を楽しむように、織田は午後の決裁という「闘い」を勝ち抜いて、エンドルフィンをいっぱい得て社内を見て回るのである。

「はい。先週、過剰在庫リストを商品部に提出しまして、商品部でチラシ掲載商品を抜き出してもらっています」

 織田は窓際に立って冬空にそびえる熊本城を眺めたあと、近くの椅子に座った。

「在庫の多いアイテムや、古いのを先に出させているんだな」

「はい。ただ、売価の設定で商品部は悩んでいるようです」

「悩むことはないだろう。原価を切らずに、しかもできるだけ安くというだけじゃないか」

「モノによっては売れ筋でないカラーやサイズのものがあり、原価で出してもすべて処分できるかどうか自信がないという意見もあります。とくにアウター衣料で二年前のカタログ掲載商品はファッション性もあり原価でも難しいと思います」

「どれくらいあるんだ」

「二年前のアイテムは三〇〇点ほどあります。そのうちアウターは八〇点ほどで、とくに在庫の多いのが二五点あります」

「そんなにあるのか。その多いやつの商品台帳を商品部に持ってこさせなさい」織田は眉間にしわを寄せて立ち上がり部屋を出ていった。

 

 サフィールではカタログに掲載する商品は一点残らず、すべて織田が掲載の可否をチェックしている。他の通販会社のように各部門に任せてはいない。

 掲載商品は年間定番品を除き、基本的に新商品を中心とし、その新商品比率がカタログの最低六~七割を占めるようにしている。いつも同じ商品を掲載していてはカタログの魅力が無くなり、お客様に見てもらえなくなるからである。お客様にわくわくしてもらいながらカタログの到着を待ってもらい、わくわくしながらページを繰ってもらうことが注文につながるのである。

 その掲載可否の決裁の仕方は、月曜にしか使われない朝礼会場に発行カタログの種類ごとに商品部が掲載希望する商品をすべて並べて、一点ずつ織田や商品本部長が見て歩き決裁する。商品の前には原価と予定売価、市場での類似商品の市価、受注予測、商品の特徴・素材などを簡潔に書いた札が置かれており、担当バイヤーが横に立って口頭で説明をする。

早瀬が驚いたのは、織田が不得意な分野、たとえばスポーツ関係の商品、ゴルフ道具とか釣り用品などでも掲載するものは全て、きちんともらさず自らチェックを入れていることである。それだけカタログ作りに全力をかけており、カタログの成否で売上高が大きく変わることを熟知しているからである。カタログに掲載する商品については自分がわからない商品でも全力で取り組み、理解しようとし、そして責任を持って掲載しようとする姿勢は早瀬にとって大変好ましいものと映っていた。