五.社内販売 ⑥

「まあ、そんな怖い顔するなよ」

「次長、チラシを刷って商品に同送して在庫処分するというのは、もともと堀係長の案でしたから」

「そうか。それはいいところに目をつけたな。しかし僕が言わんとしているのはけちをつける意味じゃないよ」

「どういう意味ですか」堀は口を尖らせた。

「ひとつにはエリアマーケティングの発想であり、ひとつには販売数量に応じた印刷・同送ということだけどな」

「エリアマーケティングて、何ですか」堀はまだ不機嫌な顔をしている。

「係長、それは私の前にいた会社でやっていたので、少し知っているんだけど、私の理解で言うとね、地域性に応じた販売をするということだと思うんですがね、次長」竹中は同意を求める目で早瀬を見た。

「まあ、大体そういったことだけど、非常に簡単な事例で言うと防寒衣料は寒い地域で売るというように、その地域に応じた商品を提供する考え方だろうな」

「それがチラシとどう関係するんですか」

「だからね、在庫処分においても商品単品毎に区分して、例えば三月の中旬になると例年では東北地方や北海道はまだまだ寒いだろうが、九州や沖縄はもう桜が咲いているという記事が出ているだろう、その地域へ出荷する商品に同送するチラシはそういった地域の気候や風土・状況に合わせた商品を掲載したチラシにするべきではないかということなんだよ」

「それはいいですね。ただ、版をいまおっしゃった事例では少なくとも二版作るということになり手間がかかりコスト的にも余計にかかりますが、より効率的にはなると思いますね」

 竹中が同意を示した。

「そうですね」堀が機嫌を直してうなずき、さらに聞いてきた。

「それでもう一つの販売数量に応じたというのはどういうことですか」

「いま言ったエリアマーケティングとも関連するけど、いまのチラシ掲載商品は先ほどの話で一〇デカは最低必要で、そのため端数在庫がかなり出ているんだけど、それはチラシの発行部数が多すぎるからそうなるのであって、たとえば五デカぐらい在庫のある商品ばかりを集めてそのチラシを作り、注文率を推計して、それぐらいがちょうど売れる印刷枚数に抑えるといいのではないか、と思っているんだけどな」

「なるほど、印刷枚数先にありきではなく、在庫から考えた印刷枚数を決めるということですね」

「言われてみれば簡単ですね、なぜこの俺、いや私がそれをいままで気づかなかったというのが不思議ですね」堀はすっかり機嫌を直していた。

「ま、これまでは少しの在庫は気にしなくてもよかったという事情もあったからね」竹中がなだめるように言った。

「そこでチラシの大家の堀先生にエリアマーケティングと、販売数量に応じた印刷枚数という考えをぜひご検討いただきたいんですが」早瀬は馬鹿丁寧な口調で係長に話し掛けた。

「へ、結構でございます。面白そうですからひとつやってみますか。しかしいま手一杯なので生駒か宇川にも手伝わせたいと思いますが、課長いいですか」

「いいよ、さっきの社内販売の件も頼むよ」

「え、あれは課長が引き受けたんじゃないんですか」

「頼むよ。私も手一杯で・・・」

「わかりました。衆智を結集してやってみましょう」

 竹中課長はちょうどかかってきた電話に戻り、堀はニコニコとして席に引き上げた。

 やれやれ、これで一歩前進か。いや、気は抜けないぞ。早瀬はお城を眺めながら小さくつぶやいた。

 なぜかふと、熊本城公園梅の花が咲いたという記事を思い出し、熊本城のほうを眺めた。もう春が近い。