五.社内販売 ⑦

 二日後の朝、一区切りついた手を休めて係長に声をかけた。

「堀君、例の件はどこまで進んでいるの」

「はい、例の件といいますとどれでしょうか。いろいろやってますので」

 部長の木下がこちらを見ていたので堀は改まった口調になった。

「社内販売とエリアマーケティングとチラシ印刷の件」

「社内販売については今日、案をご報告しょうと思っているんですが、他の件は生駒と宇川にやらせていまして・・・」

「じゃー、いま時間があるから社内販売の案を説明してくれないか、課長、一緒に聞いて」

前に座っている竹中に声をかけて面談テーブルに向かった。生駒の座っている後ろを通るとき、横顔を見てその髪にさわりたい衝動に駆られた。生駒は背筋を伸ばして入力作業をしている。宇川の視線を感じ、あわてて目を天井に向けた。見え見えだな。

「じゃー係長、頼みます」早瀬はコピーを受け取りながら促した。

「はい、えー、社内販売については実施すべきだというのが私の結論です。商品各部の意見も聞いてみたんですが、実は意外な在庫がありまして」

「意外な在庫?」竹中が素っ頓狂な声を出した。昨夜は若手社員と飲みに行ったということを聞いていたが、まだ頭の中は眠っているようだ。

「え、商品部では商品づくりの参考にするためサンプルと称して街で試買しています。もっとも一番よく買ってこられるのは社長ですが、デパートや下通りの専門店で次々と買ってこられていまして、その在庫量が膨大になっています。といいますのも買ってきた商品は会社の金で買ってきているわけですから誰も持って帰ることもできず、もちろん他社の商品ですから売ることもできず、参考に見たあとは次々と倉庫にしまっているんです。それが商品各部でこれまでに古いのでは五年以上残っていますし、それだけでなく、驚いたことに宣伝部にもあるんですよ」

「宣伝部では試買はしないだろうが」

「いえ、カタログ掲載写真を撮るときに、場合によっては当社商品をよく見せるために他社の商品を背景のモデルに着せたり、パーツとして傘や靴・ベルトなど装飾品・雑貨などを利用するんですが、それらも買っているんで、結局宣伝部の資料室にはそう言ったものが山盛りなんですよ」

「山盛りか」竹中は何を勘違いしたのか舌なめずりしている。

「それらも売るわけにいかず・・・というところでして」

「なるほど、そういったものは単品だろうから、まさかチラシで売ることはできないだろうな」

「はい、ですから商品部や宣伝部では社内販売して社員に買ってもらえれば片づくと言っていて、端数在庫処分についても喜んで応じるということなんです」

「わかった。それで社内販売をどのようにする?」

「社内販売の方法として、従業員家族ご招待セールというデパートなどでよくやっているやり方があるんですが、今回は始めてなので従業員本人対象ということにしたいと思います」

「家族まで広げると、誰が家族かわからないし、一般の人や友達まできたら困るだろうな」

「そのとおりです。従業員本人対象にすれば支払いも簡単です。最初は物流本部の大広間にレジを一台持ち込んで、といってもレンタル業者からリースしてくるんですが、現金での販売を考えていたんですが、レジを打てる人を探さねばなりませんし、もし混雑したときに一台では対応し切れなくなります」

「現金の受け渡しは、社長が嫌うだろうな。不正があったらとか誤差が出たらと思うとこちらも気が気でなくなる」

「そこでその場での支払いは無しにしまして、伝票に購入品名と金額を書いてもらいそれによって給与天引きにすることにします」

「給与天引きは確か労働基準法によって制限があったはずだけど」竹中が考え込みながら言った。

「たしか月給の四分の一以内だったかな」早瀬も思い出して言った。

「さすがですね」堀が感心するように早瀬を見た。

「だけど、これは人事部と確認したほうがいいよ」

「わかりました。で、販売する商品については商品部と宣伝部でリストアップして、購入価格のわかるものはそれを記入し、わからないものは商品部で見積もって書いて、販売価格を単品毎に、荷札に書くという作業をしてくれます」

「荷札か」竹中がかすれた声を出した。まだ酒の影響が残っているようだ。

「荷札ならどこでも売っていますし、第一、針金がついていますから、商品毎にとりつけるのが簡単なんです。高級感はないですが」

「社員対象だから高級感はなくてもいいか。そういえば文具店で小さめの荷札が売られていたが、それくらいので良いな」早瀬が同意した。

「販売価格は商品の状態にもよりますが、元の価格の二割から三割ぐらいではどうかと言っていますが」

「誰が」

「商品部長や宣伝部長ですが、それぐらいでないと捌(さば)けないだろうと言われています」

「わかった、それでは人事部と天引きの件を確認して、販売予定点数と割引率、売り上げ見込み金額、必要経費などの概算を出して稟議書にまとめてくれないか。今期決算までに不良在庫処分を済ませておきたいので、何とか三月には社内販売できるようにスピードアップしてほしいんだが。部長にはいまから私が説明しておくから」

「わかりました。今日中にまとめます」