八.火の国まつり ⑨

「すごいって、超ミニたい」

「そんなんじゃないよ。その子はね、とにかく『すごーい、すごーい』が口癖でね。何かあると『すごーい』、だれそれが何かしたというと『すごーい』でね。まったくのボキャ貧だよ」

「面白か。しかしそういえば最近のおなごはすごいすごいという言葉をよく言っとるたい」

「NHKのテレビで世界遺産めぐりの番組を良く見るんだけどね、そこに登場しているNHKの女性アナウンサーが、若くも無いようなんだが、二言目には『すごーい、すごーい』で耳障りそのもので閉口したよ。日本語にはきれいな形容詞がたんとあるのに、いえないんだな、これが。NHKの中年にもなって。遺産の景色よりもそちらのほうが気になってね」

「ホント、そういえばそうたい。大のNHKだけでなく民放でも若いタレントのほとんどは何かあるとすごいすごいって言っとらす」

「すごいって言葉は使い勝手があって便利なことは確かだけどな。しかし連発は馬鹿に見えるよ。先日ある雑誌を読んでいたら亡くなった宮澤喜一さんのお父さんで衆議院議員だった人が、孫の娘さんが『すごーい』って言うと、『すごいという言葉はとても下品だから使うのを止めなさい。やたら大げさにすればよいものじゃない』と注意されたって書いていたけど、もともと下品な言葉なんだよな。だから、すごいって言葉は放送禁止用語にしてはどうかな。すごいって言葉を話してはだめということになるとアナウンサーやタレント連中はそれ以外の言葉で表現しなければならないから一生懸命に使う言葉を考えると思うんだ。それが使う言葉に対する意識を高め、言葉の豊かさにつながるし、日本語にはその場にふさわしいぴったりとしたもっといい言葉がたくさんあるってことに気づくと思うんだがね」

「まったくですたい。いつもながらいいこといわれると」堀は赤い顔をして周囲を見回した。「あちらでもすごいすごい言っとらす」堀は相変わらずテーブルを汚している。

「それはそうと、オペレーターの採用に二通りあるらしいな、人事に聞くと。大卒で賢そうなのは問い合わせ係へ、それ以外が単純作業の受注係へというんだ」

「大卒で顧客対応部へ配属されているのがいるたい。そのおなごは問い合わせ係になるというわけたい」

「問い合わせ係はお客さんからクレームをはじめ会社のシステムや組織についてなどあらゆる問い合わせがあるので、頭の良い子でなければというんだがね。だから人事には言ってやったよ。『そういう差別的な考えは良くないんじゃないか』ってね。受注業務も頭が良くないと顧客を失うことになるし応対一つで売上げアップにつながるしね」

「まさにそうたい」

「だからこれから徐々に受注と問い合わせの交流を進めていって、いずれ誰でも何でもできるというようにしたいと思っているんだけどね、まあ、日暮れて道遠しって感じがするが」

「部長、余り急がん方がよかたい。おなご相手は」

「社長はスピード第一だから、そうもいくまいて」

「債権回収の方も経理で聞いたら、順調らしかと」

「うん、さすがいろいろとよく知っているな。しかし、初めのうちは回収しやすいのがあるので調子いいが、そのうち残ってきたのは難しくなると踏んでいるが」

「クレームも無いばってん」

「それが一番心配だったんだけどね。いままでのところはいい状況だよ」

「部長、早く本社に帰ってくんなはい。実績を上げれば社長のことたい、すぐにご栄転ですたい」

「いや、いまはここの仕事が面白くてね、改善すべきことが次々と出てきて、それにいまでは俺が言わなくても課長連中がこうしましょう、ああしましょうと言ってくるようになったし」

「それはお幸せですたい。世の中にはむぞか人もいるということ、忘れんようにしてくだはいよ」堀は皮肉交じりに少し寂しそうに言った。

「どこにかわいそうな人が。そうそう植木の件知っているだろう」早瀬は話題を変えた。

「あの、突然居なくなったおかまと」

「おかまはひどいな、ま、そうかも知れないが。で、彼の消息がわかってね」

「どこにいたと」

「それが大阪の玉造にいるって話だ」

「玉造って、大阪の環状線に駅があったたい」

「ほー、熊本から出たこと無いのに、大阪の環状線の駅を知ってると」

「何いわっしゃる、馬鹿にして、常識たい。ばってん、あっちの道に入っているとね」

「そこまではわからないが、親のところに手紙が来て、元気で働いてますと書いてたそうだ。母親から会社に電話があった」

「そうたい。どげなところではたらいとらすやら」

「それでね、話ながらいまピンと来たんだが、これが偶然にしては傑作なんだよ」早瀬は一人笑い始めた。

「何たい、部長、気持ち悪か。一人で笑って。傑作って」

「おかまの彼の生まれたところが『玉名市』(玉無し)で、いま居るところが『玉造』(玉作り)てんじゃね」

「それじゃ玉を作って、もう男に戻っていると。わははは・・・・・・」

 堀は店内に響き渡るような大声で笑い転げた。

 言った早瀬も我ながらおかしくて腹を抱えて笑った。

 周囲の若者たちが驚くような顔をしてこちらを見た。