十一.クレームの秋 ④

 早瀬は春夏カタログを取り出してページをめくった。該当商品は手ごろな値段でかわいい感じのする上下であった。

「クレームの商品はこれだけ?」

「はい。マーケティング部に問い合わせると、この子供服はヒット商品だったとのことです」

「なるほどな。で、そのときのお客様は返品を望んでいたんですか」

「返品をはっきり希望されているのはたしか五人中一人だったと思いますが、それは受けました」

「なるほどね。売れすぎるゆえの悩みもあるってわけか」

 アウター衣料はえてしてこういうことが起こりがちだ。下着なら同じ物でもほとんどわからないが、アウターとなるとすぐに気づく。女性だけでなく男性でも、同じ柄のネクタイをしている人とばったり会うと気まずいものである。そういえばスーパーでも同じ色柄のものを一緒に置かずに分散して、ちょっと見ると一点もののようにしないと売れないことを思い出した。ヒットしなければ困るがヒットして売れすぎるとバッティングがどうしても全国のどこかで発生してしまいそうだ。通信販売の弱点かもしれない。

「クレームについてはアメリカでグッドマン理論というのが有ってね」部内会議でクレーム削減について議論しているときに早瀬が話しはじめた。

「グッドマンつまり善人という直訳だけど、クレーム処理に納得されたお客様は再度注文、つまり購入される確率が高いってことです。だから対応課の皆さんが誠意をこめてクレームを解決してくれて、お客様がそれで納得されると次の注文にもつながるということですね」

「グッドマン理論ていうのですか。初めて聞きました」黒田課長である。

「でも部長、そういった難しい理論は知りませんが、私たちはそういった事例をこれまでの仕事で何度も経験して来ました」今度は受注課の小早川が珍しく発言した。彼女は受注課一五〇人を束ねる柱である。大学は出ていないが生え抜きに近い存在だ。会議等では控えめであるが課内を掌握しており、ある意味では誰が上に来ようと課内については任せてくださいっていうところがある。しかし勝手に突っ走るという意味では決して無く、会社の方針や部の方針を理解して、細かな指示を受けなくても確実に処理して行くという面があり頼もしい存在でもある。

「えぇ、そう。それはうれしいね、ちょっと教えてくれるかな」

「はい。これはウチの課というよりも対応課の皆さんがよくやってくれまして、その結果ということなんですが、ご注文の電話がかかってきたときに画面にお客様の購買履歴やクレーム内容の表示が出るんですが、そのとき内容によってはお客様に『先日は当社商品に問題があり申し訳ありませんでした』とお詫びするようにしているんです。そうしますとお客様のほうから『アレは私のほうが勘違いして』とか『男性の社員の方がよく説明していただいて納得しましたよ』とか言っていただくことが多いんです。そしてお客様は『お宅の対応がいいからまた注文します』という言葉をかけていただくことが多いんです」

「なるほどね。つまり、もう皆さんはとっくに実践されているんだ。これは私の認識不足ですみません」

「いえ、そういう意味では」小早川は歳にも無く顔を赤らめている。

「私みたいなのをなんていうか知ってますか」皆きょとんとしている。

「私みたいなのを『でわの守』っていうんですよ。『アメリカでは』『どこそこでは』ってでわでわっていう人のことをね」

 全員大きな声は出せないが顔で大笑いである。

「みんな、ちょっと笑いすぎだよ」早瀬も怒ったような顔をしたあとニコニコした。

「そういえば、セミナーなどに行きますと大学の先生やコンサルタントが『アメリカでは』ってよく言ってますね」黒田がまじめな顔をして言った。

「ま、アメリカの事例を紹介するというのも必要かもしれないな。日本の流通革命といわれる昭和三十年代にはその後日本で大きなスーパーとなったダイエージャスコ西友ストアなどの当時若き経営者がアメリカ詣でをして、日本にその仕組みを取り入れたこともあるし。流通業界ではいまでもアメリカの先進性は役には立つと思うのだけどね。おっとこれは自己弁護かな」

「通販業界やネット販売もまだまだアメリカのほうが進んでるといわれてますからね」次長も頷きながら同意した。