十一.クレームの秋 ⑤
「しかし、そうしてますで終わるのももったいないね。次長、さっきのクレーム客の再注文について何かデータ的に出ないものだろうか」
「そうですね。クレーム件数は正確な数字が出ていますが、そのうち何パーセントのお客様が納得されてリピートされているかは掴んでいませんね」
「クレームのお客様が再注文されたかどうかは、コンピューターで照合すれば時間はかかるかもしれませんが出そうですね」黒田課長が発言した。
「ただ、その再注文があったとしても納得されてのご注文かどうかは・・・。電話受注でしたら感触でわかるのですが」小早川が今日はよく発言する。
「サフィールはいやだが、やむにやまれず仕方なく注文するっていうのもあるかもしれないね」
「電話でお聞きしていますと、お年寄りや赤ちゃんを抱えているお母さん、ご病人のいる方、近くにお店がない方などたくさんのお客様がご注文されていますから、そういうお客様はよほどのことがないとウチの会社に注文されているような気がします」小早川である。
「ありがたいことだな。それだけにクレームをなくすように、クレームが出ないようにしないといけないな」
「部長、全数調査は難しいと思いますので、サンプルでやってみましょうか」次長が言った。
「ああ、それも一案だね」
「たとえばクレーム客一〇〇名様についてそのクレームの内容と対応担当者の自己評価を記入し、その後半年間でリピートがあったかどうか、場合によってはその一〇〇名様に対応した者以外の人間が直接お電話して、対応へのお客様ご自身の評価やその後のご注文をお聞きするというのはどうでしょうか」
「それはいいね。対応課の担当者にとっても自分の仕事ぶりがわかるし、それが会社に貢献していることもわかるし。一〇〇人位だったらみんなで手分けしてできるか。どこかのQCサークルのテーマにぴったりだと思うが、これはこれで管理職でやって見るか」
部内会議は次第に活気のあるものになって行く気がした。
その翌日のことである。
「部長、お客様からの問い合わせがありましたが、うちの会社では何かいまアンケート調査しているのですかって」
オペレーターが直接ヘッドホンをしたまま早瀬のところにやってきた。何か問題があると主任や小早川課長に聞いて、それでもだめなら次長段階で解決しているのが常であった。だからオペレーターが直接やってくるのは珍しい。視野を広げると小早川は席にいず、次長は下を向いてしきりに何かしている。
「え、アンケートかい? 聞いてないけど。マーケティング部で何か始めたかもしれないが、それなら事前に必ず連絡があるはずだが。どういったアンケートかお聞きしたかい」
「はい、なんかいやらしいアンケートだそうです」
「いやらしい?」
「なんだい、それは」
「へんなことを聞くアンケートらしいのですが」
「変なこと? ボクが出ようか」
「すみません。もう切れてるんです。お調べして折り返しお電話しますと答えているんですが」
「じゃーちょっと詳しく聞かせてよ」
オペレーターに聞くと、お客様の家に『サフィールですが、いつもご利用ありがとうございます。実はいま簡単なアンケート調査をお願いしているんですが、少しお時間よろしいでしょうか』という電話がかかってきたようだ。
お客様はサフィールならと気軽く了承してアンケートに答えていくと、最初は商品や配達のことを聞いていたのが、次第に『結婚して何年になりますか』とか『恋愛結婚ですか』『お子様は何人ですか』『ご主人とは週または月に何回セックスされてますか』『結婚してから他の男性と付き合ったことはありますか』『今は何色のパンティをはいていますか』などとへんなことを聞いてきたそうである。サフィールを信用して答えていったが、後で考えるとどうもおかしい、恥ずかしいことを答えたと思って、もしやとサフィールに確認の電話をしたとのことだ。
こんなアンケートをうちの会社がするわけが無い。マーケティング部に照会するまでも無いことだ。ちょうど小早川が席に戻る様子が見えたので彼女を呼んだ。
「いま、山内さんから聞いたんだけど、うちの会社の名前を騙ってへんなアンケートをしているというお客様の苦情が入ったんだ。うちではそんなことする分けないのでもしそういう電話が入ったらはっきりとお客様に伝えて。そしてもしアンケート調査の会社名や担当者名、電話番号をお客様がお聞きしていないかも確認して」
小早川はすぐに主任を呼び集めて口頭で指示をしていた。
この件は報告しておかねばと本部長に内容と対応を報告し本部長から社長に報告を上げてもらった。また本部長の指示で総務本部の広報担当者にも伝えて、万一マスコミで何かあれば即応してほしいと依頼した。
(今月はどういう月だろう、次々といろんなことが起こる)窓を振り返って阿蘇を見た。(この調子では真弓との関係も問題が起こるかもしれない・・・。今日は煙の量が多いな)と白煙を見ながらいやな予感がした。
その予感は当たった。
携帯電話が震えた。真弓からメールが来ていた。そういえばこのところ彼女とは会っていない。室内に背を向けてそっと携帯電話を開いた。
「ずいぶんお目にかかっていないのですが、一年以上も。もう私のことはお忘れになったのではと沈んでいます。そこの窓から阿蘇が見えるとお聞きしましたが、火口に飛び込む姿が見えるでしょうか」
早瀬はおどろいた。1年以上もとはかなりオーバーであるし、火口に飛び込むとか言うメッセージにショックを受けた。何げない風を装ってトイレに向かった。そこに誰もいないのを確かめ、洋室便器に蓋をしてすわり、メールを打ち込んだ。
「ごめん、このところクレームが多くていそがしくて。いまは時間がないので今夜電話するから」トイレの中で、しかも言い訳先行で情けなかった。
その夜、彼女に電話して何とかなだめたものの一度会う必要があると痛感した。