十一.クレームの秋 ⑥

 コンテスト練習中のモニターを聞いているときに堀から電話があった。

「お忙しいところ申し訳ございません。マーケティング部の堀でございますが」

「何だ、改まって。さてはオペレーターになりたくて言葉使いを練習しているのか」

「冗談きついですよ。コンテストの練習していると斉藤さんが言ってましたからそれにあわせて丁寧な言葉遣いをしてみたんですがね」

「残念だけど、今年の応対内容にはヤーさんは登場しないんでね。もし来年にでもそういう場面があれば堀先生に役割を担当してもらいますから」

「何とおっしゃる」

「で、何か御用?」

「冷たい言い方ですね。実はね、生駒さんが最近元気なくて、その上、仕事のミスをしたりしてるんですよ。部長もご存知のように、彼女はうちの部のぴか一で仕事は任せて安心という人でしたから、どうしたのか心配でしてね」堀は声を低くして言った。

「・・・」早瀬はどういっていいかわからなかった。その理由はこのオレにあると言いたかった。

「そこでね、部長。元気をつけてやろうと思いましてね、課長と相談して明るくパーッとやりませんか、というお誘いなんですがね」

「自分の部のことだから僕が出るのもおかしいんじゃないか」

「何とおっしゃる。それは冷たいですね。かわいい元部下じゃないですか」

「要するに、生駒さんのことをだしに一杯行こうってことだろうが」

「ま、そういえば実も蓋もありませんがね。ま、そうおっしゃらずに久しぶりにパーッと」

「生駒さんの元気付けというより堀先生の元気付けみたいだな」

 その夜は次長が早帰りの日だったのでったので、十時ごろに後から行くと伝えて電話を切った。早瀬は気がふさいだ。あのしっかりものの真弓が仕事上のミスをするなんて、それも二度も。気が強そうに見えても女の子なんだな、と思ったがその原因は早瀬にあり、自分の犯した過ちがとんでもない大きなものだったと気が滅入った。

 

 十時ごろ下通りから奥に入った待ち合わせの店に行くと課長の竹中と係長の堀、そして真弓がテーブルを囲んでわいわい言っていた。堀はすでに赤い顔をしており、真弓は生成りのワンピース姿で元気そうであった。

「部長、遅か」口の端に焼き鳥のたれを付けた堀である。彼の前だけが皿や串やキャベツの残骸で荒れ狂っている。

「遅かったって、仕事なんだから。堀君、もう相当酔ってるんと違うのか」

「肥後男児は酒には飲まれんとよ」

「課長元気?」課長にも声をかけたが、こちらも赤い顔をしている。

「生駒さん、久しぶり。どうですか」真弓に声をかけると、真弓は上目使いに、

「はーい、課長に叱られてます」

「何をいうんだよ、叱ってなんかいないよ」と真顔で竹中が憤慨したように言うので大笑いであった。早瀬は竹中の横に座り生ビールを注文した。

「部長、受注課の除野さん、結婚したんですってね。彼女は以前うちの部の古田と付き合っていたんですが、結婚するって言うのでてっきり相手は古田と思って、古田におめでとうといいましたらぶすっとされましたよ」

「へ~、古田と付き合ってたのか。結婚式に会社代表で行ってきたんだけどが新郎は福岡の人らしいよ。見合いだったらしいね。古田は捨てられたか」ビールをぐいっと飲んで、

「結婚式といえば今年はひどい目にあっているよ」と早瀬は竹中に同情を求めるようにつぶやいた。

「どうかしなはったと」堀が割り込んできた。

「うちの部には若い女性がわんさといるだろう、それがこの秋は結婚ブームでね。十月から毎週結婚式だよ」

「ばってん、前の荒木部長も『若い女性が多いと結婚が多くって』て言いなはってたと」

「次長に聞いたら『今年はとくに多いですね』って言ってたよ。1日に二組あるときには次長にも出てもらうんだが、この前なんかは三組もあってね、オレと次長で間に合わなくて荒木部長にも出馬願ったよ」

「それは大変でしたね」

「しかしこの会社のありがたいのは、管理職が出席するときには、会社から祝い金が出て管理職が自分の金のようにして持っていけるんだから。つまり自分の金を出さなくてもいい仕組みだな」

「そうたい」

「これがすべて自腹だと我が家は破産だ」

男たちがにぎやかに話しているときに真弓がぽつりと言った。

「いいですわね、結婚できる方は」