十二.フィナーレ ③

「部長、この間の電話コンクールの全国大会は惜しかったですね」大広間の食堂である。弁当を横で食べていた債権課の黒田課長が早瀬にもぐもぐといいながら話しかけてきた。

「まったく。同行した次長の話では上出来で、初出場で初優勝だとてっきり思ってたと言ってたんだけどね」

「かなり練習していたようで、選手の二人とも自宅に帰ってもやってたようですよ」

「ま、初めての挑戦で準優勝ならよしとするかな、って本部長とも話をしていたんだけどね」

「来年もやるのでしょう?」

「今回は私がやらしたようなものだから、来年についてはオペレーターや今回参加した金山さんたちの希望に任せるよ」

「そうですか」

「QCのこともあるし、あまり次々とトップダウンで強制的なことをさせてもと思ってね。みんながやるというなら応援するし、もうこれっきりというのならそれでもいいと思ってるんだけど」

「はぁ。もしこれっきりということになったら、もったいない気もしますけどね」

「社長に喜んでいただき部屋にも来ていただき、それはみんなの励みになったと思うね」

「私も社長のニコニコ顔は久しぶりですね」

「君は社歴が古いから、社員の数が少ないときは社長と一緒に仕事したくちだろう?」

「私が入社したときは社員数が十人くらいでしたね。社員は何でもしてましたね、社長もですけど、電話注文を受けたり、荷造りしたり、カタログの校正をしたり、市内の営業に行ったり、時には配達に行ったり」

「どんな会社でも創業期はそんなものだろうな」

「次第に会社が大きくなり社員数が、パートさんも含めて一〇〇人を超え、二〇〇人を超えとあっという間に今では二〇〇〇人以上ですからね」

「社長は昔から厳しかったのかい」

「仕事においてはいまと同じで厳しかったですね。経費をいかに少なくして安く売るか、しかも品質を落とさずということは一貫している気がします」

「なるほどね」

「社員思いも同じですね。正月には熊本城近くのホテルに全社員を招待して、パートさんや警備員も掃除のおばさんもですが、ご馳走と歌謡ショー、そしてお土産つきですよ。いまでは夢のようですが、社長は各テーブルを回ってニコニコして一人ひとりに話しかけてくれるんです。パートさんなんかは感激して涙ぐむ人もいましたよ」

「同じ職場の仲間って言うより家族みたいだな」

「社員数が千人を越えたころからそのホテル招待はなくなりましたが、古くからいる人たちは社長のことを決して悪く言いませんね、いまでも」

「家族なんだな」同じことを早瀬はつぶやいた。「会社が大きくなると家族的なつながりは希薄になるだろうな。その社員思いが長期休暇制とか社員の結婚式のご祝儀などいまでもいくつかは残っているな」

「仕事上では前と同じように厳しいのですが、仕事を離れるといまでもそのやさしさというか気配りはあるようですよ」

「そうかい」

「最近は東京出張は少なくなって日帰りばかりのようですが、数年前までは大体一泊されるのが普通でした。必ず秘書かその用件の担当者、部長とか、課長、係長の誰かなど一人同行してましたね」

「連れて行くのは一人かい」

「あまりぞろぞろとたくさん連れ歩くのは嫌いなようですね。いつも一人連れてましたね。私も二度ですけど一緒に東京に行ってきましたが、空港でも飛行機の中でもホテル内でもかなり気を使ってくれるんですよ」

「社長がかい?」

「そうなんですよ。たとえば空港では飛行機の中で読む週刊誌を買っていただいて、社長ご自身はその飛行機の中ではいつもだいたい目をつぶっていらっしゃって世話をかけさせませんし、ホテルに入っても夜は自由に過ごしていいぞっておっしゃって、ご自分はマッサージを二回分注文されて、そのまま寝られますね。全く世話のかからない、逆に私のほうが気を使ってもらっている状態なんです。他の者にも聞いてみたら誰と同行しても同じだということですね」

「決裁の場の厳しさからは思いもつかないな」

「ところがですね、東京から帰ってこられるときには自宅直行は殆どなくて、午後か夕方までには必ず本社に入られますが、本社につくまでの車内では実に優しいんですよ。ところが車から降りて玄関に入ると顔つきがガラッと変わりましてね、たまたまそのあと決裁がありまして、上司と私が呼ばれたんですよ。そうしたら先ほどまで車の中でやさしく話しかけていただいたそのご本人がいまは非常に厳しい口調で質問してきたりするんですから。こちらのほうは普通の人間ですから先ほどまでの余韻がまだ残っているのに、社長は完全に頭を切り替えられているのでびっくりしましたね」

「ほー、まさにプロの経営者だな」

 早瀬は古参社員やパートさんに社長が人気のある理由を知った。そして経営者としての厳しい一面も知った思いがした。