四.ブロード・キャスティング ③

 翌朝は深夜からのひどい雨が続き、徒歩通勤の早瀬はコートを着ていたのにズボンを水浸しにして会社に着いた。

「次長、おはようございます。ズボンがかなりぬれていますね」

  今年入社の袴田が元気よく声をかけてきた。マーケティング部には今年五名もの大卒が入った。大卒は全社で二〇名ほどの採用しかなく各部取り合いの中で、マーケティング部が選り取りで五名も配属されたのは、ひとえに織田がマーケティング部を大事に思い、木下部長を可愛がっているせいだと社内ではねたまれていた。

  その新人たちへの部内教育の場で早瀬は、

「君たちはここ一年、部の先輩社員にとっては足手まといの存在だ。自分の仕事が忙しいのに君たちに仕事を教える手間がかかる。また君たちは誰でもはじめのうちはミスをするだろうから、その時は先輩社員がカバーしなければならない。

 そこでいま君たちができることは何かということを考えてほしい。先輩社員の負担をできるだけ少なくできること、たとえば電話を率先して取ったり、掃除したりするぐらいはできよう。

 電話は簡単なようだが、仕事の電話と携帯で友達と話すのとはまったく違うからね。敬語が必要だよ。取引先の担当者だけでなく幹部の名前も覚えないと失礼に当たるし、社内でも全管理職の名前を覚えないと失礼なことも起こるし。部内の先輩の誰がどんな仕事をしているのかも知らないと、たちまち立ち往生し怒鳴り声が飛んでくることになる。

 多分そのうち電話恐怖症になる者も出てくると思う。その段階を過ぎたら一人前だな。掃除についてはこれから当分の間、朝は一番早く来て部室内を掃除し、先輩の机の上などを拭くことをお勧めする」

  というようなことを言った。早瀬の言ったことを納得したのか、出社すると新入社員が掃除をしている真っ最中であることが多くなった。

  次に出てくるのが女性陣である。

「おはようございます」生駒であった。

  投書されてからは極力言葉をかけることを少なくしているが、おばさんの店で一緒に飲んだこともあってか、生駒は全く無頓着で話し掛けてくる。

「次長、ズボンがずぶぬれですよ。それじゃ寒いでしょう。乾かしてきましょうか。商品部にはドライヤーがありますから」

「いえいえ、結構です」乾かしている間、トランクス姿でどうするのだと言おうと思ったが、しかし目を会わさないようにしながらそれ以上言わずに自席に向かった。

  第三陣が男性社員の団体入場である。どこかで待ち合わせてくるのかだいたい団子になって入ってくる。

「おはようございます、次長。昨日の国内発注の件ですが、今朝彼とばったり途中で会いましてね」堀係長がさっそく声をかけてきた。

「この大雨の中、偶然ばったりですか」

「いやですね、次長。朝から皮肉ですか。奥さんと何かあったんではないですか」

「いや、すまんすまん、冗談だよ」

「で、聞いてみましたら昨日メーカーと話が付いて、今日から生産に入るようです。といっても入荷まで二週間以上かかるらしいですがね。それも全量ではなく刷りだし見本みたいなものですが」

「刷りだし見本か。ちょっと遅い気もするが、中国で作るよりかなり早いな。いずれにしろお客さんにお詫びの手紙を出したかどうか、あとで顧客対応部に聞いてみてくれないか」