四.ブロード・キャスティング ④
三週間ほどした後、部内の会議で部長がおもむろに話しはじめた。
「君たちだけで留めておいて欲しいのだが、ブラウスの国内生産でね、商品検査部と商品部で意見の相違があって、結局社長決裁に持ち込まれてね。結局、ブラウスの追加発注分の入荷は今後まだまだかかりそうだ」
木下部長はこの件についてはそれだけを言って、次の話に移った。早瀬はもっと経緯(いきさつ)を聞こうと思ったが、部長の脂ぎった顔を見て思いとどまった。
会議の後、早瀬は堀を呼んでこの件を聞いてみた。
「次長、大事件があったんですよ。次長が出張や何かでお忙しそうでしたので、お話できませんでしたが」
「大事件というと?」
「先日の例のブラウスの件ですが、メーカーがサンプルを作って持ってきたんですが、これは商品部でパスしたそうです。色が微妙にカタログと違うが、国内生産だからむしろ品質はいいだろうということで」
「品質については当然だが、カタログと少しでも色が違うと、それこそ問題じゃないかな。大体、お客さんはカタログを信用して、この写真の商品なら買おうかということで注文してくるんだから、色が少しでも違うとそれは虚偽記載だよ」
「それもそうですね」
「それに最近の女性は上下だけでなく、重ね着や下着とのコーディネィトもしているから少しでも色が合わないと返品してくるようだし」
「次長も大分勉強されていますね」
「それぐらい常識だよ。それで商品部は色の修正を指示したんだろうね」
「いや、それはしなかったようです」
「そのまま生産に入ったわけか」
「はい。そして先週どっと入荷しました。うちでは入荷時のチェックを商検でしているんですが、商検では品質面のチェックだけでなく、カタログとの色比較もチェックしています」
「それも当然だよ」
「商検の担当者が、『これは色が違う』と言い出したんです。商品部の滝川部長が商検の佐々部長に『この程度の色の違いならば認めてもらわないと。まだかまだかのクレームが殺到しているのだから』と談判しても、佐々部長が頭を縦に振らなかったようです」
「佐々部長も中々やるね」
「それで、商品本部長が社長に話を持っていったんです。『お客様が待っているので、この商品を先ず送らせて欲しい。その時に文書をつけて、万一お気に召さなければ送料着払いで返品していただきたい、とすればいいのじゃないでしょうか』と社長を説得したそうです。そこで社長がどう判断されたと思いますか?」
「本部長のいわれるのも一理あるな。ひとまずお送りして、気に入らなければ着払いということなら、お客さんも納得してくれるんではないかな」
「次長、それは甘いですね。私はさすがに社長だと感服したんですがね」
「社長はだめとおっしゃたのかい」
「ええ。お客様はカタログを信じて注文していただいているのだから、たとえ微妙な色違いでも、勝手に送ったのではこれからの商売に差し支える。お客様の信頼を崩すのはたやすいが、信頼を築くのはかなりの年月がかかるんだ。私は通販業を初めてからお客様の信頼を獲得するのにいかに心血を注いできたかはかり知れない云々、ってことなんですがね」
「また、見てきたようなことを言うね。しかしさすがに通販をゼロからスタートしてここまで大きくした会社の社長は違うね。いろいろ問題はあるけどこのあたりは敬服するな」
「いろいろ問題ってなんですか」
「いやこれは失言。取り消すよ」
「そんな簡単に取り消さないでくださいよ。問題ばっかりじゃないですか」
「いえいえ。まったく何もありません」
「まあ、いいでしょう。で、結局、受注部門では注文客全てに生産遅れのお詫びの手紙を書いて送り、商品部では再度作り直す羽目になったということです」
「メーカーも困ったろう。すでに製造したブラウスはどうするのかな」
「いわば不良品ですからメーカー返品ですよ」
「大量に返品されたら困るわな」
マンモスの本社が大阪にあったせいで大阪弁に近い言葉が時々出てくる。東京の大学に入ったときには標準語が使えなくて苦労したが、いまでは熊本弁と大阪弁と標準語とが入り混じって、自分でもおかしいなと思うときがある。
「一応メーカーではB品扱いとなるでしょう」
「B品にしても処分の仕様がないんとちゃうか」
「メーカーとの生産委託契約では、万一不良品等が出た場合には、当社のブランドを守るためそれを市中に出さないようにとなっているんです」
「そのあたりはアメリカと違うな。自社アウトレットで堂々と処分とはいかないか」
「社長はイメージを大事にされていますからね」
「ま、商品には全てウチのマークがついているからな。そんな商品がスーパーやディスカウンターで安く売られたらカタログを見て正規の値段で買う客が無くなるだろうし・・・。それでメーカーはどう処分しているんだ?」
「自分の工場などの従業員対象なら良いということで、分け与えたりしていると聞いていますが」
「従業員対象と言ったって、中小工場では工員数も多くないだろうし、たかがしれているだろうな。廃棄処分するのも勿体ないしな」
「ですから、たいていの工場ではウチのマークを取り外して、どこのか分からないようにして処分しているようですよ」
「結局はどこかで売っているわけか」
「地方のディスカウント店やスーパーが多いようですね」
「しかし、ウチのお客さんである賢明な主婦が見たらすぐ気づくだろうが」
「そのとおりでして。お客さんからよく手紙が来るそうです」
「そうらしいね。どこそこの店でサフィールの商品がいくらで売られていた、というやつだろう」
「はい。お客さんはカタログをよく見てまして、たとえタグやマークがなくてもウチの商品はピンとくるらしいですね。そういった手紙が来ると商品部も動かざるを得ないってことになりましてね」
「そういえばこの前もあったな」
「商品部ではメーカーを呼んで回収に行かさせましたね」
「メーカーもつらいな。自分とこでやっと処分した商品を、旅費と人件費をかけて買い戻しに行くなんてな」
「そして始末書ですからね」
「二度としません、てやつだな」