十.ベルト・コンベヤー ①

 10月下旬に入ると秋冬カタログの受注が少し落ち着いてきた。

秋晴れの中で阿蘇がはっきりと見え、中岳の白煙がたなびくのが見える。今年は暖かいので紅葉は遅れるという予報を耳にしたが、阿蘇の紅葉は見事であり楽しみだ。

「QCサークルとは、一口で言うと同じ職場内で品質管理活動を自主的に行なう小グループ活動です」

 約40人のメンバーを半分ずつ二回に分けてQCについての説明会兼教育を行なった。残業扱いにするわけにはいかないので、午後の比較的余裕のある時間帯である。

「QCサークルというのは初めて聞いた人も多いと思います。QCとは英語のクオリティ・コントロールの頭文字で、日本語では品質管理といいます。品質管理とはいったい何かということはこの後お話ししますが、日常業務の改善をサークル、つまり小さなグループで自主的に取り組むということです。

 この自主的にということが重要です。自主的というのに何で業務命令みたいな形で強制するのか、矛盾するじゃないかと思われるかもしれません。QCをやろうじゃないかというのは私が次長や課長、主任のみなさんにお願いして同意してもらったわけですが、小グループに分けたあとは皆さんの自主性に任せるということで理解して欲しいと思います」

「で、この小グループは自己啓発、相互啓発を行ない、QC手法を活用して職場の改善を継続的に全員参加で行なうことになります。QC手法についてはこのあと私がレジメに基づいて説明します。全員参加という点に付きましても、オペレーターが入っていないではないかという意見があると思います。将来的にはオペレーターのみなさんにも入ってもらいますが、まず今回、最初はここにいる四〇人のみなさんでまずスタートしてやっていただきたいと思います」

 40人の中には「この忙しいのに」というような顔や全く無表情な顔、眠そうな顔をしている様な者もいたが、ほとんどは何が始まるのだろうかという顔つきであった。

 サフィールではこれまでトップの指示で動くというのが常であり、その中でも現業部門では江戸時代の農民政策のように「言われたことだけしていればいいんだ」という扱いを受けてきていた。現場担当者の意見を求めるということさえ稀であった。

 早瀬が着任してからは、その風土を少しずつ変えてきたつもりであり、管理職レベルでは大分変わってきたように確信していたが、一般の社員にとっては「君たちが自分たちの意思で問題を改善するように」といわれてもなかなかぴんとこないのも無理はなかった。

 早瀬はレジメに基づき、どういう手順でするか、メンバー構成をどうするか、リーダーをどう選ぶか、どんなテーマを選ぶか、リーダーの役割は何か、そしてQC手法としてのパレート図・特性要因図・層別・チェックシート・ヒストグラム・散布図・管理図などを説明した。

 このあたりになると殆どの者が「意味不明」といった顔つきになっていた。

 そこで一応全般的な説明を終えたあと、グループ編成してリーダーを選出してもらい、そのリーダーだけを別途集めて再教育することにした。

 できれば10月下旬にはスタートしたいと思っていたのが、再度の説明会を終えると月末がきてしまい、結局11月にやっと各グループの活動がスタートした。

 各グループの活動時間は、週一回、最も暇な曜日と時間帯である水曜または木曜の二時から三時ということにしたが、同じときにごっそりと抜けると業務に支障が出るのでその調整も行った。そして必要であればその他の時間でも業務の状況を見て認めることにした。

 早瀬はこの会合にはオブザーバーとして出席してリーダーに助言したり、手法がわからない様子のときには再度説明したりはしたが、失敗してもかまわないと思ってできるだけ自主性に任せるように持っていった。