十二.フィナーレ ①

「部長、本社の七不思議が一つ増えましたよ」堀からの電話であった。

「なんだ」

「例のタペストリー盗難事件ご存知でしょう?」

「あれは不思議だな。なんと三千万円もするものらしいよ」

「実はよく調べると、絵も無くなっていたらしいですよ」

「エ~、本当かい」

「一つしかない応接室に飾っていた何とかいう有名な絵ですが、何ていいましたかね。あれ本物でしょう?」

ルーベンスだったかな、題名は覚えていないが。あれがなくなったのかい、大きな絵だったよ。本物かどうかは知らないが本物だとかなりの代物だぞ。それが盗難?」

「そうらしいですよ」

「あんな大きな絵を持ち出せばわかるだろうに」

「いえ、額はそのままで中身だけ抜き取っていたらしいんです。総務部長が何度も中に入っていたのに額縁があるので気づかなかったとか言い訳しているようですよ」

タペストリーも壁にはかけていたけど大きなものだから、たとえ巻いていても持ち出せば誰でも気づくだろうに」

「まさに不思議でして、どちらもいつ無くなったか誰もわからないらしいんですよ」

「いい加減な話だな。本社の警備は従業員の出入りばかりに気をとられて、持ち物検査などほとんどしてないし、しかししてなくても大きな物を持ち出していれば誰何(すいか)するのが常識だろうが。警察には届けたのかい」

「いまのところ届けてないようですよ。不祥事を外に出さないようにしているのかと思いますが。それに社員や警備員も絡んでいるのかもしれませんからね」

「オイ、うかつなことは言うなよ」

「すみません。で七不思議にご加入というわけですよ」

「七つもあったかな。あとの六つはいずれ今度時間があるときにご教示願いたいね」

「それでこの盗難事件のあと、残業禁止令が出まして、夜は暇なんですよ」

「そうらしいね、だけど僕は盗難事件に関係なく、基本的に残業禁止に大賛成だな」

「何でですか。本社は五時半に社内放送があって『あと三十分以内にお帰りください』って流れて、そして警備員が社内巡回し、六時になるとシステム部以外は電源を切られるんですから、一方的ですよ」

「システム部は仕方ないだろうが、電源切られたらそれは困るだろうね」

「そうなんですよ。まだ窓の外は暗いし、非常灯の明かりの下でごそごそして帰るっていうのはなんか惨めですよ」

「しかしね、朝九時から一生懸命に仕事したらだいたいの仕事は五時には終わるぞ。夜七時とか八時まで惰性で残っているのが本当は多いんじゃないか。上司の顔色を気にしながら残業しても効率は上がらないと思うよ。五時に帰るってなると朝から仕事ぶりが違うし、八時までということになると却って昼間の仕事がのんびりしてしまう。これはボクのこれまでの経験だけどね」

「そういわれて見ますとそんな気もしますね。用事があって今日は早く帰ろうと思っていると日中の仕事をてきぱきとやることがありますから」

 堀の電話が切れたあと、本社で何が起こっているのかと気になった。堀と話した内容を再度考えてみたが、あれだけ警備員が各出入り口に立っていて、絵や絨毯などの大きなものが出入りしたら警備員でなくても気づくだろうに。そういえば半年近く前に物流本部に異動になったころ、物流本部一階受付の前を会議用に使う折りたたみいす一脚を総務部からもらって持って歩いていたら、受付の女性が「それ、どちらへ持っていかれているのですか」と聞かれたことを思いだした。部長のオレがいすを一つ持って歩いただけで声をかけられたのに、本社での盗難事件は信じられない気がした。